【朝晴れエッセー】来年こそは・3月1日
「おお、あなた!」
うれしげな声が境内に響いた。社務の手をとめて目をやると、お参りに来た佐藤さんが誰かと挨拶をしているのが見えた。
令和3年、東北の、さほど大きくない神社のお正月は随分と寂しいものであった。
例年なら午前零時からの元旦祭には30組ほどの方々が昇殿する。しかし、コロナ禍の今年、その時間にいらっしゃったのは佐藤さんお一人だった。
「やはり私だけですか…」という小さなつぶやきに、神職の私は申し訳ない気持ちになる。初詣時期をずらしての分散参拝を氏子の皆さんに繰り返しお願いしてきたのは神社側だった。佐藤さんは続けた。
「いやあ、その、ね。どなたのお名前も存じあげないのだけど、年に一度、必ずここでだけお会いする方々がいて、いつも彼らと一緒に私の一年は始まっていたもので」
残念です、としか答えられず、たった一人の参拝者とともに、私は新年を寿(ことほ)ぐ祭りのご奉仕をしたのだった。
冒頭の声を聞いたのは立春の頃。今年は遅れて初詣にいらした「互いに名も知らないけれど、ともに一年を始めてきた仲間」と言葉を交わす楽しそうな佐藤さんに、私の頬も思わず緩む。
春を思わせる明るい日差しの下、
「では、次の元旦祭ではきっと」
「ぜひとも。そのときにはお名前を」
笑い合う声に、みんな良い一年でありますように、と私も改めて祈ったのだった。
須田智博(50) 福島県須賀川市