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【ザ・インタビュー】一線を越えるふとした絶望 恩田陸さん新作『灰の劇場』

二十数年越しの一作。「一つ“宿題”を提出できたかな」と話す恩田陸さん(飯田英男撮影)
二十数年越しの一作。「一つ“宿題”を提出できたかな」と話す恩田陸さん(飯田英男撮影)
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 ジャンルを横断して話題作を送り出すストーリーテラーの新作は、実在した人物や出来事に基づく、いわゆる“モデル小説”。といっても、作者の恩田陸さんは、そのモデルに会ったこともなければ顔や名前すら知らない。二十数年前、新聞の片隅に見つけたごく短い記事で記憶していただけの存在だからだ。

 「作家デビューしたての20代のころ、記事を見てショックを受けたのを覚えている。ただ、切り抜きをしていなかったんですよ。頭のどこかにずっとモヤモヤしている感じがあった」

 〈飛び降り2女性の身元わかる〉との見出しで、1994(平成6)年4月に一緒に暮らしていた女性2人が東京都奥多摩町の橋から飛び降りて自殺したと伝える記事。匿名で記された女性2人は45歳と44歳で、〈都内の私大時代の同級生〉とあった-。担当編集者が図書館で見つけ出してくれたそんな記事を二十数年ぶりに目にし、2人が今の自分より年下であることにも驚いたという。

 「2人はどんな関係で、なぜ一緒の死を選んだのか?に興味をひかれたのも確か。そのうち、『私はどうしてこの記事がこんなに気にかかったのか?』というのが小説の焦点になるな、と気づいたんです」

×  ×

 かつて目にした女性2人の自殺を報じた記事が棘(とげ)のように引っかかっている小説家「私」の日常。心中した「M」「T」という2人のヒロインを追った「私」の小説。さらに、その作品の舞台化を見届ける「私」…。視点を変えながら、現実と虚構のはざまをたゆたうようにして物語は進む。

 学生時代の仲良しだったMとT。親戚のコネで入った大手家電メーカーを3年で退職し家庭に入ったTはやがて夫と離婚する。一方で小さな貿易会社に就職したMは独身のままバリバリ働く。どこかに欠落感を抱え、一人暮らしにも倦(う)んだ2人を、時の流れが結びつける…。

 想像で紡いだヒロインの葛藤には自らの会社員時代の経験も流れ込む。「バブルのころは更新のたびに家賃が上がるのが恐怖だったし、パソコンが入って会社のOA化が進んで『付いていけない!』と感じたこともある。女の人2人で住むとなったら、いろんな生きづらさがあったと思う」

 主人公である小説家の日常をも侵食する2人の“人生”。この物語は、人はどのようにして絶望し、ある一線を越えるのか、をめぐる思索の記録とも読める。描き込まれるのは同性愛の葛藤や犯罪といった明確な理由ではない。ただ普通の日常を積み重ねてきた女性たちをある瞬間、ふっととらえて離さない深い絶望がすくい上げられる。

 「自分が彼女たちの年齢を超えて分かったこともある。書くのはこのタイミングだったんだなと思う」と振り返る。「普通に暮らしていて、些細なきっかけで『向こう側』へ行ってしまったんじゃないか、と考えるようになったんですよね。コロナ禍のようにある日突然何かが変わることもある。境界線というのは遠くではなく地続きのすぐそこにあって、さっと超えてしまう…。書き終えた今もそれは実感としてある」

×  ×

 国際ピアノコンクールを舞台にした青春群像劇『蜜蜂と遠雷』(平成28年)で直木賞と本屋大賞の2冠という偉業を成し遂げたのは記憶に新しい。連載も多く抱え、原稿用紙換算で20枚以上を書く日もある。

 「やっぱり、自分にがっかりしたくはないし、読者をがっかりさせたくもない」。執筆の原動力を尋ねると、少し考えてから言葉を継いだ。

 「好きな作家の本を読んでいて『晩年に面白くなくなっちゃったな』と感じたときの寂しさたるや(笑)。縮小再生産はしたくない、という思いが強いんですよ。やったことがないことを、やりたい」

 いくつもの読みが楽しめる重層構造を持つ『灰の劇場』もまた、そんな冒険心の証明といえる。

3つのQ

Q新聞はどの面をよく読む?

社会面の小さな記事や訃報。見過ごされそうな記事に、いろいろと考えさせられることがある

Q最近読んで面白かった本は?

仏の歴史人口学者による『エマニュエル・トッドの思考地図』(筑摩書房)。仏での自らの立ち位置を生々しく告白しているのも面白い

Q執筆にとりかかる前のルーティンは

毎朝10分くらい、戯曲や人文科学の古典を朗読している。声を出すことが気分転換になっていいんです

(文化部 海老沢類)

     

 おんだ・りく 昭和39年生まれ、宮城県出身。平成4年に『六番目の小夜子』でデビューし、17年に『夜のピクニック』で吉川英治文学新人賞と本屋大賞。19年には『中庭の出来事』で山本周五郎賞。29年に『蜜蜂と遠雷』で直木賞と2度目の本屋大賞を受けた。ほかに『ユージニア』など著書多数。

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