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【100年の森 明治神宮物語】聖蹟(3)山河を越えた巡幸、全国へ

民家の敷地内にある、明治天皇が宿泊したことを示す記念碑 =新潟県糸魚川市
民家の敷地内にある、明治天皇が宿泊したことを示す記念碑 =新潟県糸魚川市
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 日本海に面した新潟県糸魚川市の民家の庭に、明治天皇が宿泊したことを示す記念碑が立っている。

 明治11年9月、明治天皇は北陸・東海道にわたった巡幸の中で当時の糸魚川町に滞在し、前年11月の大火の爪痕を視察した。ここでは平成28年12月、147棟が焼損する火災があり、現地に立つと約140年前の光景に思いを誘われる。「明治天皇紀」には、「延焼四百五十余戸に及び、未(いま)だ旧に復せざる者多し、是の日親しく其(そ)の情況を叡覧(えいらん)、金二百五十六円を罹災(りさい)者に賜(たま)ふ」とある。

 宿となった池原平十郎の家では、到着前に御座所(ござしょ)、玄関などが新築、大規模な修繕も行われた。子孫の池原寿子さん(54)は「家には2階がありましたが、天皇より高い位置に行くのはけしからんということで、2階の床を取り払ったという話を父から伝え聞きました」と笑顔で話す。

 到着前、一行は大雨によるぬかるみに足を取られ、増水した能生(のう)川では「漁夫数百人激流に投じて人垣を作り、以(もっ)て水勢を殺(そ)ぎ」(「明治天皇紀」)という苦労で川を渡った。滞在を喜んだ町民は、海で引き網を披露しようとしたが、大雨のため断念。町の文化財や産品を持ち寄り、明治天皇の目に入れたという。

◆明治政府首脳の意向も

 明治天皇は明治10年代までにほぼ全国を巡った。その足跡は6大巡幸と呼ばれ、5年に九州・西国、9年に東北・北海道、11年に北陸・東海道、13年に甲州・東山道、14年に山形・秋田・北海道、18年に山口・広島・岡山に足を運んだ。自分の目で全国を見た、初めての天皇だった。

 巡幸の理由について、明治神宮国際神道文化研究所の打越孝明主任研究員は「時期によって変遷はあるが、明治天皇の意向のほかに、若い天皇に日本は京都御所の狭い空間だけではなく、いろんな地域にいろんな人々が住んでいること、そして民(たみ)の生業をご覧になっていただきたいという明治新政府首脳の意向が強かったのだろう」と話す。

 「戊辰戦争で2つに割れた国を一つにする」という大きな目的もあった。巡幸は愛知県以北、とりわけ東北地方で手厚く行われている。

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