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10年前を思い出す 試練の春ふたたび 鹿間孝一

 ポカポカ陽気が続いて「いよいよ春ですね。このままずっと暖かくなるのでしょうか」と聞かれたら、「いやいや、まだ寒い日がありますよ」。こう答えておけば予報は必ず当たると、「お天気博士」と呼ばれた気象キャスターの倉嶋厚さんが書いていた。

 春は名のみの風の寒さや(早春賦)と歌われるように、寒の戻りが繰り返され、春は一歩後退、二歩前進、三段階でやって来る。

 まずは「光の春」である。元はロシアの言葉で、これも倉嶋さんが広めて俳句の季語になった。厳寒のシベリアでもこの時期になると、次第に日脚が長くなり、日差しも強さを増してくる。軒の氷柱(つらら)から最初の水滴が日に輝いてポトリと落ちる。それで春の訪れを知るそうだ。

 続いて「音の春」が来る。代表的なのは繁殖期を迎えて求愛行動が盛んになる鳥たちのさえずりである。ヨーロッパでは古くから「(2月14日の)バレンタインの日には、すべての鳥がカップルになる」と言われる。日本では「鳥交(さか)る」という季語があるが、どうもストレートすぎて趣がない。それよりも「鳥の妻恋」がロマンチックでいい。

 気象庁は昭和28(1953)年から続いていた動植物57種の生物季節観測を、今年1月からサクラの開花・満開など6種9現象へ大幅に縮小した。都市化の進行によって自然が失われ、とくに動物類は気象台や測候所周辺で対象を見つけにくくなったためという。ウグイスやヒバリの初鳴きは「春の便り」だったのに、もう届かないのは寂しい。

 三段階の最後は「気温の春」で、大地が温められて冬眠していた虫たちもはい出てくる。二十四節気の啓蟄(けいちつ)あたりから本格的な春を感じる。

 ちょうど10年前になるが、2月に東北地方を旅行した。青森県八戸市では伝統行事「えんぶり」が行われていた。農耕馬をあらわす馬の首の烏帽子(えぼし)をかぶり、「えぶり」という農機具を手に、その年の豊作を祈願する。独特の節回しの唄と舞いに、土のにおいと春を待ちわびる北国の願いを感じた。

 旅のページに原稿を書き、ゲラ刷りも上がっていたのだが、新聞には載らなかった。掲載直前に東日本大震災が発生したからだ。

 先日、福島、宮城県などで再び震度6強の地震があった。八戸の「えんぶり」も今年はコロナ禍で中止になった。東北だけでなく、試練の春である。

しかま・こういち 昭和26年生まれ。社会部遊軍記者が長く、社会部長、編集長、日本工業新聞社専務などを歴任。特別記者兼論説委員として8年7カ月にわたって大阪本社発行夕刊1面コラム「湊町365」(産経ニュースは「浪速風」で掲載)を執筆した。

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