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【100年の森 明治神宮物語】皇后(下)時代を先取りした救護の精神

100年後も実る熱意

 明治天皇を祭る明治神宮は、当時すでに現在地での造営が内定しており、御祭神は明治天皇と昭憲皇太后の2人となった。明治神宮によると、本来なら追号は「昭憲皇后」とすべきだったが、当時の宮内大臣が皇后に改めずに大正天皇に上奏し、裁可されてしまったという。大正の貞明皇后、昭和の香淳皇后と称号が違う背景には、こんな事情がある。

 前述の昭憲皇太后基金は、設立後も皇室などからの寄付金によって「エンプレス・ショーケン・ファンド」として存続し、命日の4月11日に毎年配分が決められている。昨年はナミビアなど14カ国の赤十字活動に総額約4400万円の支援が行われ、累計は16億円を超えた。自ら奨励した女子教育、視察の先頭に立った近代産業が、100年後の日本で実っていることは言うまでもない。その昭憲皇太后の陵墓は、桃山の明治天皇のすぐそばに造営され、御魂は明治神宮で手を合わせた先に鎮座している。=毎週金曜掲載

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