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【書評】『不寛容論 アメリカが生んだ「共存」の哲学』森本あんり著

森本あんり著『不寛容論』(新潮選書)
森本あんり著『不寛容論』(新潮選書)

■「トランプ後」の共生作法

 新型コロナ禍がもたらした発見は、平素は自国の批判ばかりする日本の大学教員の意外な「寛容さ」だった。政府がステイホームを要請するや、粛々とキャンパスでの授業を放棄して遠隔講義にいそしむ、まことに権力に従順な人々である。

 しかし実体験に基づいて言うのだが、もし「私は常に、対面でしか行えない授業の価値を追求してきたから、従えない」と主張する教員が出てきたらどうか。彼らはきっと「お前は組織の足を引っ張っている」とのレッテルを貼り、非国民だとばかりに糾弾するだろう。

 単なる「信念の欠如」の裏面に過ぎない寛容さは、かくして瞬時に「信念を持つ者への不寛容」へと転化する。だがそうだとすれば逆に、不寛容なまでの「自分の信念」の貫徹を通じて、異なる信念を同じように貫く隣人への寛容を育てることは、できないのだろうか。

 本書の主人公ロジャー・ウィリアムズ(1603年頃~83年)は、まさにそうした人物だった。初期の植民地時代のアメリカで、ジョン・ロックに先んじて政教分離を唱え、先住民の権利を尊重し、移住者の宗派を問わない自治体を樹立したリベラル派の鑑(かがみ)である。

 しかし著者はむしろ、彼自身は偏狭なまでに「己の信念」を譲らぬ人物だったことを強調する。友人や恩人とも決裂して論争し、追放の憂き目にもあった。そんなウィリアムズの説く寛容は、「異教徒の信仰は誤りだが、自ら気づくまで放っておいてやる」という中世キリスト教会の高慢さに由来しており、あらゆる価値観を等しく是認する近代的な自由主義ではない。

 彼の築いたロードアイランド植民地は、実際には「良心の自由」を口実に私権を振り回すフリーライダーの巣窟となり、本人をしばしば悩ませた。だがそうした御しがたく、素直には「自粛」しそうにないエゴイストの群れ-闇市的な猥雑(わいざつ)さの中でしか、真の自由と寛容は磨かれないのかもしれない。

 はじめから選別済みの「好ましい他者」しか現れないリベラルの理想郷の夢は、トランプ登場によって米国でも崩れ去った。それ以降でも可能な共存のあり方を埋もれた過去に探る、新たな創世記の誕生である。(新潮選書・1600円+税)

 評・與那覇潤(歴史学者)

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