PR

ライフ ライフ

【書評】『雪のなまえ』村山由佳著 傷ついた心の居場所捜し

 コロナ禍で急速にリモートワークが普及し、人々の働き方は大きく変化した。東京を脱出して再生をめざす企業もあると聞く。『雪のなまえ』もまた、東京を脱出して新たな土地で居場所を模索する物語だ。

 主人公は小学5年の島谷雪乃で、いじめにあい不登校になっていた。父の航介は雪乃を心配し、曽祖父母が暮らす長野への移住を提案する。しかし、母の英理子は大反対。編集者の仕事にやりがいを感じて、東京を離れるつもりはないという。

 東京での人間関係で傷ついた人が、地方で再起をはかる物語は珍しくないが、本作はひと味ちがう。航介がすすめる納屋を借りてカフェにする計画も、新しい野菜を育てることも「都会のしょう(衆)は…」と色めがねで見られ、思うように理解が得られない。そんな大人たちの姿を見るにつけ、雪乃も「東京の子」といわれることが怖く、学校に踏み出せないまま。住む場所を変えたからといって、傷ついた心はすぐには回復しない。夢の田舎暮らしはそうやすやすとは実現しないのだ。

 だが、作者はそこを焦らない。雪乃の思いに寄り添い、時間をかけ、地に足をつけた形でじっくりストーリーを進めていく。登場人物は基本的に皆やさしく、思いやりに満ちている。それでも気持ちはすれ違い、心は傷つく。相手を気づかいすぎ、ためらうため、相手の心に踏み込めずもどかしい。作者はときに大胆に、ときに用心深く、繊細だからこそ、人付き合いに不器用になってしまう微妙な心理を書き分けていく。

 胸いっぱいのつらさを言葉にもできなかった雪乃が、地方の人々のおおらかさとまっすぐなところにゆさぶられ、徐々にだが変化していく。そして、意外な人の言葉に反応して-。

 長野の暮らしが、実に美しく細やかに目の前に広がるように描かれ、楽しませてくれる。とくに農業については、お仕事小説のように詳細で、参考になる人も多いだろう。会話にまじる方言も、作品にぬくもりと広がりを与えている。

 小学生から祖父母世代まで、どの立場からも読める、やさしい気持ちになる感動作。地方移住を考えたことがある人には、とくにお薦めしたい。(徳間書店・1700円+税)

 評・赤羽じゅんこ(童話作家)

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ