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【ビブリオエッセー】人生の最終章に浮かぶ陽炎 「おもかげ」浅田次郎(講談社文庫)

 この世に生を受けて一生を終えるまでに、どれだけの人たちに出会えるのだろう。人とのかかわりの数だけドラマがある。今、この本を読み終え、自分自身の来し方を見つめ直すというありがたい機会を与えていただいた。

 主人公はエリート商社マンだった竹脇正一。関連会社の役員を65歳で去る送別会の帰路、地下鉄の車中で倒れ、病院の集中治療室に担ぎ込まれる。正一は孤児だった過去にめげず懸命に生きてきた。そのことは妻の節子にも明かしていない。知っているのは同じ養護施設で育った生涯の友、永山徹ただひとりだ。

 昏睡のままの病床で、妻と一人娘の茜には苦労をかけた分だけ幸せになってほしいと願う。そこからは正一の夢の続きのように現実との境界も定かでない出来事が次々に現れるのだが、どの物語もリアルで、切なくも面白い。

 正一をディナーに誘い出すマダム・ネージュや隣のベッドの老人、駅でいつも顔を合わす看護師の女性、娘婿の大野武志とその親方の徹。様々な人たちが正一に語りかける。そして記憶にはない母の面影が、ある女性に重なり…。

 考えてみると自分と深いかかわりをもった人たちはそう多くはない。こんな一文が目についた。「命が尽きようとするときには誰もが、その人生の幸不幸の容量とはかかわりなく、同じ欲を抱くのだろうか。まだ帳尻が合っていない、と」。そして、最後の方に出てくる正一の「よし、生きるぞ。苦労の釣り銭はまだ残っている」。このセリフにはグッときた。

 幼い頃、田舎の田んぼ道を手をつないで学校に通った同級生を思い出した。風の便りに、その人が最近亡くなったと聞いた。大きくなったらケーキ屋さんになりたいと語っていたその人は、思いを成し遂げて旅立った。

 大阪府岸和田市 竹内健一 74

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