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【話の肖像画】歌手・郷ひろみ(65)(12)旭川でいきなりデビュー

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いきなりのデビューだった (昭和47年ごろ)
いきなりのデビューだった (昭和47年ごろ)

 《オーディションで知り合ったジャニー喜多川さんを東京・渋谷の事務所に訪ねて再会、これが運命を決定づけた。いきなりNHK大河ドラマ『新・平家物語』(昭和47年1月2日から放映開始。平清盛の弟・経盛の幼少期役)への出演が決まったのだ》

 事務所を訪ねたらすぐ、ジャニーさんと一緒にNHKまで歩いて行きました。NHKでジャニーさんは男の人と会うと別室に消え、僕は15分ほど待ったでしょうか。戻ってくると「ひろみ、来年の大河が決まったから」って。何がなんだかわけが分からなかった。大河ドラマというのは(すごいことと)何となく分かっていたのですが…。そしてその日、北海道の旭川に飛んだんです。僕が「母親に電話しないと…」というと「僕がしとくから」って。旭川の会場に着くと(いずれもジャニーズ事務所所属の)フォーリーブスがいて、ジューク・ボックスや永田英二さんたちがいました。(事務所は)まだ小さかったけど、観客は熱狂的だったのを覚えています。

 舞台の袖で見ていたら、「今度デビューするひろみくんです」というアナウンスがあった。僕、ひろみだけどデビューするなんて思ってもいないし、ひろみって誰だろう? 誰も出ていかなくて。すると「もう一回、呼んでみますね。ひろみく~ん」って。本当に誰なんだろうと思っていたら、ジャニーさんが僕を見て「ひろみくんだよ」。「僕ですか? 僕、出るんですか?」。「そっ」。

 こうなったらジタバタできないですよね、呼ばれているんですから…。でも「イエ~ッ」とか言える少年ではなかったので、たぶん「はらたけひろみです」とだけ言ったと思います。その後、スッと帰ろうとしたら、ジューク・ボックスに「ここでタンバリン持って」と言われました。もうやるしかない。懐かしいな、学校でタンバリン、持ったよな、こうやってたたくんだよな、と思いながら2、3曲やりました。それが僕の初舞台なんです。46年初夏、15歳のときのことでした。

 《まさに怒濤(どとう)の1日…》

 近所の知り合いのおばさんに「写真をちょうだい」と言われて母親が渡し、オーディションを受けることになった。当日に行くのがいやになったとき、あそこ(面接直前)で母にたたかれて、「男は途中でやめない」のひと言があって会場に。母が九州の女でなかったら、やっぱりやめようか、になっていたのかもしれないし、面接の審査員にジャニーさんがいて、何十人、何百人いる中でジャニーさんが僕に決め打ちの声かけですから。すべてが運命的なものを感じます。

 芸能界に正式デビューしたのは47年の大河ドラマですが、撮影は46年から行っている。歌手としても正式デビューは47年8月ですが、同じ年の1月に日劇のウエスタンカーニバルでステージに立っているんです。その時、せり(舞台の一部を昇降させる装置)で上がってきた僕を囲むように、フォーリーブスが踊ってくれた。ジャニーさんはデビュー前から僕に箔(はく)をつけさせようとしてくれていたのかもしれませんね。デビュー当時を振り返れば、この50年というのは感慨深いです。(聞き手 清水満)

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