PR

ライフ ライフ

【書評】『いつの空にも星が出ていた』佐藤多佳子著 応援の醍醐味描く短編集

 応援する人にも物語があり、「試合」はそれだけで独立していない。どこで観戦したか、だれと観戦したか、そのときどんな生活をしていたか。スポーツ観戦に限らず、映画を観(み)たり、芝居を観たり、生のものに触れたとき、人は五感をフル稼働して記憶を身体に刻み込む。

 プロ野球の横浜大洋ホエールズから現在の横浜DeNAベイスターズに至る球団の実際の歴史を縦軸に、各時代を見届けていたファンの群像劇を描いた短編集だ。<俺の宝物の記憶。でも、多くの人にとっては意味がないし、価値を伝えることもできないだろう>(「ストラックアウト」)、横浜ファンは多くを語らない。かく言う私も1980年代からこっそりファンだ。勝てない時間が長すぎたのと、38年ぶりに優勝した98年(23年前!)の記憶が特別すぎて、ファン以外のだれかと共有しようとも思わない。60年に一度って干支じゃないんだから。

 囲碁部の顧問で口数の少ない古文の先生に、急に連れていかれた神宮球場のヤクルト×大洋戦。そこで少年は先生の見たこともない一面を知る。84年10月1日、17勝を挙げたシーズンの遠藤一彦の先発完投試合。だれもが感じる、はじめてスタジアムで観た野球の高揚感、解放感。職業も年齢も性別も応援歴も違う人たちが、人生でおなじ時間を過ごし、おなじ試合は二度とない。一期一会にこそ、応援するファンの醍醐味(だいごみ)があることを表現した冒頭の短編「レフトスタンド」。

 優勝した98年とその前年に青春を過ごした10代男女の物語や、優勝直後の低迷でいわゆる「暗黒期」となる2000年代も応援を続ける人たちの物語、そして光明が見え始める10年代後半の物語。ファンとしてはどこから読んでも涙しか出ない。

 <置き去りにした何かは、たった一年で、もう遠くて、ぜんぜん手が届かない。なつかしいけど、もう手を伸ばそうとは思わない。><宏太の夢は、まだ固まっていないシャーベットのように、もろく流れてしまいそうで、甘く、きれいだった。私の夢への道は、前よりももっと自由時間がなかった。>(「パレード」)。微視的な心理描写が美しい。文で身体に刻み込む記憶の快感がここにある。(講談社・1600円+税)

 評・サンキュータツオ(漫才師、日本語学者)

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ