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【書評】『2020年の恋人たち』島本理生著 自律したヒロインの選択

 主人公の前原葵は、32歳のOLだ。ある日突然、交通事故で母親を亡くした彼女に残されたのは、母親が経営していたワインバーだった。当初は手放す予定だったのだが、あることがきっかけで、葵が受け継ぐことを決断する。ここから物語は始まる。

 冒頭で、葵の母親が稲垣という裕福な男の愛人であったこと、葵たち母娘はその男の経済的な庇護(ひご)下にあったことが明かされる。葵はその男の子ではなかったものの、稲垣にとっては「大事な娘の一人」だし、葵にとって稲垣は“義父”のような存在だ。

 稲垣には娘と息子がいて、娘の瑠衣は屈託なく葵を「おねえちゃん」と呼び、親しく行き来もしているが、息子のほうは、葵の母親を憎んでいる。葵はその昔、高校生だった彼が、葵母娘を指さし、「あれが親父(おやじ)にたかっている親子か」と吐き捨てるように言ったことを忘れてはいない。当初は、自分には会社勤めとワインバー経営の両立は無理、と思っていた葵が、ワインバーを受け継ぐことになったのは、この息子との売り言葉に買い言葉的な流れからだった。

 物語は、会社員とワインバー経営を両立させる葵の日々と、葵が出会う“恋人たち”とのドラマを丁寧になぞらえていく。ワインバー立ち上げと機を同じくして、葵の元を去っていった同棲(どうせい)相手の港、飲食店情報誌の副編集長で妻のいる瀬名、そして、その父性で一瞬葵を魅了する海伊…。

 葵をめぐる男たちの中に、母親の代の店の常連で、葵に粘ついた思いを寄せる幸村がいるのだが、この幸村の嫌らしさに、きっちりと立ち向かう葵の姿がいい。もとより、ヒロイン造形には定評のある作者だが、葵はこれまでのヒロインの中で、もっとも自覚的で、もっとも自律したキャラとなっている。

 脇役だが、葵の上司である部長もいい。肩肘はりがちな葵に言う「孤独なんて、誰の専売特許でもないよ」、瑠衣に言う「他人の後悔する権利まで奪ったら、失礼ですよ」という彼の言葉が、静かに強く胸に響く。

 “恋人たち”との出会いを経て、葵が選んだ道とは何か。彼女の選択のしなやかさを読まれたい。(中央公論新社・1600円+税)

 評・吉田伸子(書評家)

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