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【ザ・インタビュー】心を潤す人生のネタ帳 武田鉄矢著「老いと学びの極意」

読書の醍醐味を語る武田鉄矢さん(納冨康撮影)
読書の醍醐味を語る武田鉄矢さん(納冨康撮影)
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 昭和の大ヒットドラマ「3年B組金八先生」の第1回放送から40年余り。熱血先生も今年、6回目の年男を迎えた。

 「芸能界で長く生きてきていろんな方とお会いし、昭和という時代が遠くなったなと感じる。好きな人の言葉、エピソードは残しておいたほうがいいんじゃないかと考えました。老いた者の使命として…」

 昨年12月に82年の生涯を閉じた、なかにし礼氏の生き方と作詞方法に感嘆し、山田洋次監督の厳しさのなかにある温かさを思う。一球一打にかけた張本勲、江夏豊両氏の意識の高さをたたえる。各界一流の人物の話を聞くこと、書物を読むことは学びだった。50歳すぎから大学ノートに、会話のやりとりや日々疑問に思ったことを綴(つづ)っている。感銘を受けた著書の一文も写してきた。ある本に、文章修業には気にいった部分を抜き書きするのがいい-と記されていたから。

 「漢字研究の白川静博士は、甲骨文字をトレースするうちに、指先に霊が宿ったように感じたという。コピーやパソコンなど便利になるばかりがいいわけではない。書き写す作業は、自分に合っていたかもしれません。年を重ねてからの勉強は面白い」

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 読書体験の原点は司馬遼太郎だ。福岡県の高校3年時、柔道部の活動を引退し大学受験に備えるため、向かったのは地元の書店。活字になじもうとなにげなく手にしたのが「竜馬がゆく」の単行本だった。

 「兄と3人の姉がいる坂本龍馬は、わが家と一緒の構成。当時の自分より1歳上の龍馬が江戸に剣術修業に出かける物語は、浪人生活を決意し大学を目指そうとした自身と似ている。俺のために書かれたのではと、熱中して読みましたね」

 龍馬が歩いたとされる“聖地巡礼”もした。そして、司馬作品の大半も読破するまでに。「学生運動が盛んだった当時、日本の悪口を書かないのは司馬さんだけだった印象がある。爽快な文章は、打席に立つ長嶋茂雄、王貞治選手と一緒でワクワクさせるものがあった」と、昭和の大作家に思いをはせる。

 ひるがえって令和の昨今は、極端な批判精神が乱れ飛んでいると感じる。相手をきつくやりこめれば、頭がよいとされるのだと。「芸能者(もん)ですから、批判してどう始まるものでもない。ほめたい人だけを取り上げた」。紹介した音楽仲間を、すべて「老い」でくくっているのが独特だ。

 デビューシングルB面曲「マークII」を筆頭にずば抜けた作詞・作曲能力をもつ吉田拓郎には、老いへのあこがれがあると分析。少年のような声の小田和正は若い頃から老成していた。中島みゆきの「糸」にいたっては『老婆が機織りしながら男女の出会いの不思議を説く』とまで。

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 勢いがあり華やかだった歌謡曲とは対照的に、フォークソングに後ろ暗さがあったと認めつつ、「老いに憧れると同時に、老いをなめて老けたふりをしていた。本当にふけた今、あえてふけた歌を作ってみようじゃないか」とコミックソングを企画しているというから、まだまだ若い。

 《恥といふことを打ち捨てて、世のことは成るべし》

 龍馬が残した名言を「目標をもったら、どんな恥にでも耐えろ」と解釈。自分が歌う詞は自分で作り、映画(「プロゴルファー織部金次郎」)も製作するなかで、多くの学びを得た。龍馬の背中を追った半生から導いたのは「知識の量ではなく、学び取る姿勢そのものが大事」ということ。金八先生は教えることより、教わるほうが好きだった。

3つのQ

Q影響を受けた俳優は?

立っているだけの演技に命をかけた高倉健さんと、「芝居は背中でもできるんだよね」とささやいてくれた渥美清さん

Q合気道は黒帯とか

週2、3回教わっているが、力みすぎと同じ注意を受ける。力の入れ方ではなく抜き方・引き方が難しい

Q今年取り組みたいことは?

白川静博士や長嶋茂雄監督らの功績を講談に仕立て、ユーチューブチャンネルなどで語ってみたい

(文化部 伊藤洋一)

 たけだ・てつや 昭和24年、福岡県出身。フォークグループ「海援隊」のボーカルでデビュー。54年に主演したドラマ「3年B組金八先生」の主題歌「贈る言葉」などを生む。「101回目のプロポーズ」や「刑事物語」シリーズなど多くの映画・ドラマに出演。著書に「お~い!竜馬」(小山ゆう氏と共著)や、ラジオ番組「今朝の三枚おろし」をまとめた「人生の教養を高める読書法」など。

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