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【縁 災害が結んだ、私たち】(2)福島へ、子供たちへ 自分が出来ること MAN WITH A MISSION×「F-WORLD」代表、平学さん 

福島県のスキー場でライブを披露したMAN WITH A MISSIONのメンバーと主催した平学さん(中央)
福島県のスキー場でライブを披露したMAN WITH A MISSIONのメンバーと主催した平学さん(中央)
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 オオカミの叫びが夕闇を切り裂いた。

 「福島の、みなさーん、お待たせいたしました! We are…跳べー!!」

 ギターとベース、ドラムの重低音が響く。5匹のオオカミに導かれるように、仮設ステージ前の人波がうねる。JR福島駅近く、保育園や銀行に囲まれた広場はライブハウスになった。

 平成23年10月。東日本大震災と東京電力福島第1原発事故から半年あまり。放射能、空間放射線量、避難指示、風評…。影響は暗く、厚く、雲のように福島を覆っていた。そこに差し込んだ一筋の光が、5人組バンド「MAN WITH A MISSION(マンウィズ)」だった。福島市内の街なか広場で開催された複合イベント「F-WORLD2011」に出演した。復興のとば口にようやく立ったころのことだ。

 「仲間ががんばっている。大なり小なり自分が出来ることをやりたかった」。マンウィズのリーダーでボーカルのトーキョー・タナカはそう振り返る。

 タナカは震災直後の23年4月、車4台で岩手県大船渡市まで布団や食料を運んだ。5月には福島県で開かれたチャリティーライブに駆け付けた。東京でライブを終えて出発、到着は深夜になった。残っていた観客は20人ほど。それでもステージに立った。

 イベントを主催した平学(50)は思い出す。

 「福島は住めない、危ない、水も飲めないと言われていた。来てくれたことがどれほどの勇気になったか。音楽の力を感じた」

 タナカの方から、平に出演を願い出た。「音楽は喜んでもらえる」。実感はあったが、福島ではライブだけではない何かをしなければならないという思いに駆られていた。イベント終了後、平とタナカは今の福島にとって、何が一番大切なのかを何度も話し合った。

 「福島は原発事故があってゴールが見えず、正解がない中で進んでいた。それは、とてもつらいこと。せめて子供たちには、福島に生まれ、育ってよかったと感じてほしかった」

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