【朝晴れエッセー】涙の思い出・12月17日
看護師としての職歴のなかで、今でも脳裏にふとよみがえり、涙ぐんでしまう思い出がある。
その初老の男性の患者さんは、毎日のように気管洗浄の処置を施されていた。腹部の手術ののち、肺炎を併発してしまい、そちらの治療に重きが置かれた。
点滴の中には意識を和らげるお薬を追加する。気管洗浄の処置は苦痛極まりないからである。私も医師の介助や前後の準備や後片付けのため、処置に入っていた。
一週間ほどの日々がたったころだった。私がお昼休憩に入り一息ついていたとき、その患者さんからナースコールがなった。
私が訪室すると、彼はそばにあるペンと紙をとった。処置のため気管切開をしているので、筆談するためである。面持ちが硬かった。みみずのはったような字で初めは読み取れなかった。全体を読み返してみる。
「死んでしまいたい こんな毎日は もう嫌になった」
私は、はっと思い、彼の体や心の苦しみが私の中を思い巡り、返す言葉も探せず、涙の方が先に出てきてしまい、しくしくと泣いた。
そのくずれた顔の私をしばし眺めていた彼が、次の紙に何か書きだしているのが、涙の中で見えた。ん…?
「今までで一番 世界で一番 美しい涙を みた」
その字は達筆でおられた。患者さんはにっこりこちらに微笑んでいる。
2人は顔を見合わせ、私は泣き笑いになったのである。
柿崎幸恵 48 札幌市西区