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五代友厚「政商説」覆す 大阪市大同窓会の企画で出版

 大阪の恩人と称され、NHK朝の連続テレビ小説「あさが来た」で俳優のディーン・フジオカさんが演じて話題になった明治初期の実業家、五代友厚(1836~85年)の評価に新たな光を当てる『新・五代友厚伝』(PHP研究所)が出版された。企画したのは五代を「開学の祖」と仰ぐ大阪市立大の同窓会。著者でOBの八木孝昌・帝塚山学院大学生涯学習センター講師(79)は、「明治の政変にからみ、いまだ高校の教科書で政商(政治と特別な関係を持つことで利益を得る商人)と表記される五代の“悪徳イメージ”を払拭し、汚名をすすぎたい」と意気込んでいる。

「新・五代友厚伝」(八木孝昌著、PHP研究所)
「新・五代友厚伝」(八木孝昌著、PHP研究所)
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 五代は薩摩出身で、大阪商工会議所(当時は大阪商法会議所)の初代会頭を務めたほか、大阪株式取引所や市大の前身の大阪商業講習所を設立するなど、近代大阪の礎を築いたことで知られる。一方で、明治14年の「北海道開拓使官有物払い下げ事件」では暴利を得ようとした商人とのイメージも定着していた。

 事件は、明治政府が1千万円を超える巨額の資金を投じた北海道開拓使の官業払い下げが決まり、当時の開拓使長官、黒田清隆が同郷の五代にわずか38万円で払い下げようとした-というものだ。払い下げ自体はその後取り消されたが、官僚と政商の癒着との世論の批判を浴び、その後の「明治十四年の政変」に発展した。

五代友厚の銅像と八木孝昌さん=大阪市住吉区の大阪市立大
五代友厚の銅像と八木孝昌さん=大阪市住吉区の大阪市立大
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 「実際、政府が決定した払い下げ先は五代の会社ではなく、開拓使の幹部、安田定則ら4人が退職してつくる予定の民間会社だった。最初に報じた新聞の記事が誤りで五代は無実でした」と八木さんはいう。

 先行研究に、末岡照啓・住友史料館副館長の論文「『開拓使官有物払い下げ事件』再考」(平成22年)があり、五代の会社が払い下げの当事者ではなかったこと▽民権派や政府内の勢力争いがからむ政争の具にされたこと-などが、新出資料などから明らかにされている。

 そこで八木さんは、当時の新聞記事や当事者らの手紙、記録などを丹念に調査。「新聞の誤報に始まり、それを踏襲した学者の著書が広まったことで『政商五代』が定説になってしまった」と結論付けた。

 「特に問題なのは、いまだ高校の教科書に『黒田が不当に安い価格で政商の五代に払い下げようとした』などと書かれ、教えられていることです」と憤る。

 同窓会では28年に五代の生誕180年を記念して銅像を建立。同書出版もその一環で、教科書の訂正も含め八木さんは「五代は国益のために生きた『富国の使徒』でした。本を通じてその生き方を伝えたい」と話している。

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