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石包丁の原材料が大量出土 奈良県橿原市の慈明寺遺跡 

見つかった石包丁の原材料となる流紋岩の剥片と土器
見つかった石包丁の原材料となる流紋岩の剥片と土器
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 弥生時代前期(約2500年前)の環濠集落跡とされる奈良県橿原市の慈明寺(じみょうじ)遺跡(県立医大新キャンパス予定地)で、穂摘み具・石包丁(いしぼうちょう)の原材料となる流紋岩片約200点が見つかり、9日橿原考古学研究所が発表した。専門家は集落に石包丁の製作工房があった可能性があるとしている。 

 発掘現場は畝傍(うねび)山の北約500メートル。石材は剥片(はくへん)状で、2つの大きな穴(長径2~3メートル)に入った状態で見つかった。畝傍山は流紋岩の産地で、橿考研は山から切り出した大きな石材を運びやすいように加工した痕跡とみている。 

 遺跡では集落の中心部は確認されていないものの、昨年の調査では集落を囲んだ4つの環濠の一部が出土している。

 唐古・鍵遺跡(田原本町)など弥生時代について研究する藤田三郎・同町埋蔵文化財センター長は「石材の出土場所は環濠の外側。石材をそこで粗(あら)割りして、良い物を集落内の工房などに運んだと考えられる。集落が石包丁の製作集落だった可能性もある」としている。 

 一方、今回の調査では藤原京時代(694~710年)の条坊(じょうぼう)制に伴う道路側溝も出土した。現場は条坊制の表記では「右京五条九坊」。京の中心だった藤原宮からは西に約2キロの京西端に近い場所。

 橿考研は「京の端でも都市計画に基づき道路がきちんと整備されていたことがわかった」と解説。しかし、周辺に家を建てた跡はなく、本来は宅地として利用されるはずの場所が空き地だったとみられている。京のはずれで、不便だったことから利用されずに終わった可能性があるという。

 現地公開は12日午後1時~3時。

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