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【大場一央の古義解~言葉で紡ぐ日本】(31)安積澹泊 名批評家だった「格さん」のモデル

 豈(あ)に唯(た)だ天のみならんや、亦(また)、人に由(よ)るなり『大日本史論賛』

 「水戸黄門」のお供として諸国を巡った「格さん」こと渥美格之進のモデルが、安積澹泊(あさか・たんぱく)=1656~1738=である。

 澹泊は、徳川光圀が設置した『大日本史』編纂の拠点、彰考館(しょうこうかん)の総裁として水戸藩(現茨城県)の修史事業を推し進めた。

 彰考館総裁の任務は、蒐集史料の解析から、執筆分担の決定、全体のとりまとめなど多岐に及んだ。何より、全国から集められた多くの学者を納得させる学識が不可欠だ。この点から、総裁に任ぜられた澹泊の優秀さが分かる。

 全国から招聘した頭脳集団の総裁を、水戸藩生まれの澹泊が務めたことは、藩の一大事業である『大日本史』編纂を将来的に内製化し得る可能性を示した。さらに、本来、藩政の中枢に参画する家柄でなかった澹泊の抜擢は、身分に関わらず、学問に励むことによる政治参加の道も拓いた。澹泊は、編纂事業担当者として適材だったことはもちろんだが、水戸藩が学問の藩として自立していく上でも、貴重な存在だった。

 さらに澹泊は、荻生徂徠をはじめ、新井白石や室鳩巣ら錚々(そうそう)たる面々と広い交友関係を持っていた。今も昔も学者は学派や政治志向の相違によって疎遠になりがちだが、澹泊は、同時代の一線級学者のいずれもとも友好関係を保った。穏やかな人柄と、その学問が穏健で、党派性が薄かったことを示すものだろう。唯一の趣味は菊作りで、さまざまな菊を育て作り出す技術は、堂に入ったものであったらしい。

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