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【朝晴れエッセー】実印・11月22日

 最近「脱ハンコ」が賛否を呼んでいますが、私には、実印について強い思い出があります。

 そのころ、主人は体が弱く、入退院をくりかえしていました。私は息子、娘と交代で面会に行っていました。

 ある日、偶然に病室で子供たちと会いました。主人も元気で冗談を言ったりして、家族そろってたのしくすごしました。

 そんなとき、急に主人が私を見つめ、

 「実印はな、本箱のひきだしに、あるからな」と言い、息子には、

 「おかあさん(私)のこと、頼むよ」と言って、手を握っていました。

 あとから考えると、あれは遺言だったのかと、思いましたが、あのときは胸がつまって、一言も言えませんでした。

 あんなに元気になっていた主人が、2日後に亡くなりました。

 亡くなって23年、今でもあのときの主人の神妙な顔が浮かびます。

 なぜあのとき、「心配せんでもいいよ。大丈夫、大丈夫」と言えなかったのかと、後悔しています。

 その実印は、結婚して初めてのボーナスで主人が買ったもので、皮のケースに入れて大切にしていたものです。

 主人はやっとの思いで実印のことを言ったのだと思います。

 実印は、これからは私がしっかり守っていきます。

松田てる子(92) 奈良県橿原市

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