PR

ライフ ライフ

【私と新聞】切り抜き紙面は「自分の歴史」 北京五輪銀メダリスト 大阪ガス陸上部副部長 朝原宣治さん 

掲載記事のスクラップは自らの半生の記録として大切に残しているという朝原宣治さん(鳥越瑞絵撮影)
掲載記事のスクラップは自らの半生の記録として大切に残しているという朝原宣治さん(鳥越瑞絵撮影)

 2008年北京五輪男子400メートルリレーで銀メダル獲得など、陸上短距離界で活躍した朝原宣治さん(48)。現役引退後も主宰する陸上教室で次世代の育成や地域貢献に力を注いでいます。数多くの取材を受けた立場でもあり、掲載記事を切り取ってまとめたスクラップは「自分の歴史」と語ります。

 新聞といえば、朝食時などにいつも広げて読んでいた父親の姿が思い浮かびます。生活に根付いていたんですね。自宅でも新聞を取り続けています。

 じっくり新聞を読み込んだのは、学校の夏休みの課題がきっかけだったと思います。新聞各紙を購入し、印象に残った記事を選んで切り抜き、スクラップした特集作品を作りました。テーマは1985年の日航機墜落事故。大きな衝撃を受けたことから選んだと思います。発生したばかりだったので、原因などの背景に迫るまでには至りませんでしたが、得られる情報の信頼性の高さについて実感した覚えがあります。

 新聞がこれほど貴重なものだったとは、と身に染みた時代もありました。1995年から約3年間、陸上でドイツ留学していたんですが、当時はインターネットがまだ普及していませんから、日本の情報を得られるのは新聞ぐらい。空港で700~800円ぐらいする日本の新聞を買ったり、飛行機に乗った際に新聞をもらったりしました。久々に新聞の活字を見たときは、すごく安心感がありましたね。

◆掲載された感動

 よく読むようになったのは、競技者として自分自身が新聞に掲載されるようになってからでしょうか。陸上競技で初めて載せてもらったのは高校生の時かな。地区大会の走り幅跳びで7メートル55をマークして優勝し、写真入りで掲載されました。当時、新聞に載るということは大ごと。すごく感動しましたね。親はそのときからずっとあらゆる新聞をスクラップして残してくれています。

 いつも取材していただいていた地元新聞社の記者の方の記事も印象に残っています。競技者として掲載され始めた頃ですが、僕は試合前になって、よく欠場していたんです。これは今で言うファンを裏切る行為。顔を出すぐらいのことはするのが今の風潮なんですが、当時は体にどこか違和感があると出たくない、という考えがありました。

 でも、その記者の方は違和感で欠場した、という記事だけでなく「自分で試合に出る出ないを判断し、大ごとにならないよう、今後の選手生活への影響を考えるのはトップアスリートの証しである」という趣旨の記事も載せてくれた。

 読者に「また欠場か」という思いをさせないため、書いてくれたんじゃないかなと思います。どういう記者がどんな取材をし、どんなふうに書いているのか。そこに新聞の価値も出てくると思います。

◆文章の組み立て方

 新聞各紙でコラムを書かせていただいたときは、すごく勉強になりました。限られた文字数で起承転結を意識し、内容も分かりやすく、興味をもってもらえそうなテーマ…となると、とても難しかったですね。人にものを伝えるときの内容の組み立て方など、そのときに学んだことは、今でもコラムの執筆や講演などで役立っています。

 自宅には、今でも自分の載った新聞のスクラップブックや掲載紙を大事に保管しています。正直なところ、今はほとんど見返すことはありません。ただ、写真と同じような感じで、そこには自分自身の情報が詰まっている。そのとき、どんな状況で何をしていたか。自分が何を考えていたか。どういう思いで活動していたか…。まさに、自分の歴史そのもの。今度、3人の子供たちにも見せてみようかな。

【プロフィル】あさはら・のぶはる 1972年6月21日、神戸市生まれ。同志社大在学中に国体で陸上男子100メートルの日本記録(当時)を樹立し、大阪ガスに入社。五輪に4度出場し、36歳で迎えた2008年北京五輪男子400メートルリレーで銀メダルを獲得した。現在は大阪ガス地域共創部門・近畿圏部地域活力創造チームマネジャー、同社陸上部副部長。陸上教室「NOBY T&F CLUB」も主宰。

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ