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「命のビザ」で神戸へ ユダヤ人難民との交流史刻む案内板、三宮に設置へ

祈りささげる子孫も

 案内板は地元自治会や同学園などが市の助成を受けて製作。日本語と英語、ヘブライ語で書かれ、この場所がかつて「人道支援の地」だった史実を伝える。「神戸にはユダヤ難民に対して反ユダヤ主義はなかった。あったのはあたたかい思いやりとやさしさばかりだった」との同共同体メンバーの言葉も添えられている。石垣には今も、遠路シベリアを横断して来日した当時のユダヤ人難民の子孫らが訪れ、祈りをささげる姿もみられるという。

 新型コロナウイルスの影響で今春に予定していた除幕式が先送りされる中、岩田さんは今月初めに79歳で死去。長年の研究成果は神戸市史紀要「神戸の歴史」第26号に詳細に記された。

 福岡さんは「神戸が大きな歴史の舞台だったことは戦後語られてこなかった。多くの人に眠っていた史実を知らせたい」と話す。同神社で当時撮影された難民らの写真を見た山森さんは「自分もここで生まれ育ちながら、全く知らなかった地域の歴史に出合えた。岩田さんの思いが実った」と語った。

杉原千畝と「命のビザ」 外交官の杉原千畝が在リトアニア・カウナスの領事代理だった1940年夏、ナチスドイツの迫害から逃れてきた数千人のユダヤ人に、日本で乗り継ぐための「通過ビザ」を発給し、命を救った。人道主義に基づく独自の決断で、85年にイスラエルから「ヤド・バシェム賞(諸国民の中の正義の人賞)」を受賞。86(昭和61)年、86歳で死去。

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