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【100年の森 明治神宮物語】継承(5)未来へ歩む「木を植える人々」

キャンパスのメインストリートを覆う森のような緑 =27日、横浜市保土ケ谷区の横浜国立大(鵜野光博撮影)
キャンパスのメインストリートを覆う森のような緑 =27日、横浜市保土ケ谷区の横浜国立大(鵜野光博撮影)
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 道の両脇から伸びる木々が空で交わり、木々の足元には落ち葉が散り敷いている。明治神宮の参道を小ぶりにしたような道があるのは、横浜市保土ケ谷区の横浜国立大・常盤台キャンパスだ。メインストリート脇の看板は、ここが同大名誉教授の植物生態学者、宮脇昭さん(92)の「思想の実験場」だったと記している。

 宮脇さんは、木を植える人だ。考案した「ポット苗」を使った植樹を国内外で広め、これまでに約1700カ所で約4千万本の植樹を手がけたとされる。横浜国大では周辺の通学路沿いの斜面にも森を造ることを提案し、ポット苗は12年後に小さな森になった。都市や産業立地に「土地本来のいのちの森」を再生することを緊急の課題として訴え、大規模でなくとも、家の周りのわずかなスペースでも植樹は可能だと説く。

植樹を指導する宮脇昭さん (IGES国際生態学センター提供)
植樹を指導する宮脇昭さん (IGES国際生態学センター提供)
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 ここで宮脇さんを取り上げるのは、その森造りが都市の持続可能な緑地という点で明治神宮と共通点があり、何より明治神宮の森もまた、100年前に寄せられた献木の植樹から始まっているからである。

◆失われた「本来の森」

 宮脇さんは現在療養中で取材はかなわなかったが、指導を受けた植生管理士で東京農業大大学院博士課程の西野文貴さん(32)は「宮脇方式の植樹は、明治神宮で100年かかった森造りを、30年でできる可能性がある」と話す。

 宮脇方式では、その土地に本来生えていた木々の苗を密集して植え、他の樹種も交ぜることで競争と淘汰(とうた)を促す。「最初の3年は草取り作業が必要ですが、その後は木々がどんぐりを落として森が成長し、手入れが要らなくなる」と西野さん。

西野文貴さん
西野文貴さん
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 この「本来生えていた木々」とは人の手が加わる前の植生で、専門用語で「潜在自然植生」と呼ばれる。宮脇さんは他の研究者らと昭和55年から10年をかけて日本全国の潜在自然植生を調べ、「日本植生誌」全10巻をまとめた。そこで分かったのは、照葉樹林帯で本来の植生が残っているのは0・06%しかないという事実だった。特に戦後、焼失家屋の再建のため針葉樹が全国の山に植えられ、本来の森は失われていた。

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