PR

ライフ ライフ

【朝晴れエッセー】9月月間賞 遥かな東京 竹田健次さん

                   ◇

■ビニール傘 山中泰代 81 大阪市港区

 地下道を上ると思いの他の強い雨だった。あの高架橋の下まで行って雨宿りをしよう。下から上ってくる人の邪魔になるので、雨の中に踏みだした。

 目の前の青信号が点滅をし始めた。わずか10メートル余りの側道なのに、急ぐ気持ちだけでは速歩できない現実は悲しい。老いたのである。黒く濡れた舗道にたたきつける雨と、構えて信号待ちをする車列が恐ろしかった。

 その時突然に雨が遮られた。中年の女性が「私、到着駅の自転車に傘つけてますねん。これ差していって、どうぞ」。

 「お借りしてもお返しできそうもないし」と言うと、「ええねん、ええねん、おばちゃん金持ちやろうけど、私も金持ちやねん」と、私に傘を持たせると地下道へ駆けこんで見えなくなった。

 まだ買いたてのシールも貼られたビニール傘だった。天気予報で午後の雨予報も出ていたのに、傘一本さえも持ち重りがする最近の私は、雨の降る前に帰るつもりで無精をしてしまった。

 おそらく彼女もこの駅までくるのに必要で買われたのであろう。70センチの傘はビニール傘といえども決して安くはない。

 使い捨てのつもりならもっと小さな傘にされたはず。後の使い勝手のよさか、使う家族を考えてのことかもしれない。小さな傘の5倍はする値段なのだから。

 雨の中をぬれて立つ私を見兼ねて差し出されたであろう傘と、添えられた言葉の温かさ。長い間を生きて、いただいた物の中でも決して忘れることはない70センチのビニール傘。ありがとうございました。

続きを読む

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ