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【朝晴れエッセー】白線・10月16日

 秋の運動会の後、突然母が亡くなってしまった。私が11歳、6年生のときだった。

 畑仕事中、足を虫にかまれたのが化膿(かのう)し、入院して10日足らずのことだった。

 運動会には、近所のお母さんたちと同様に、まだ青いみかんや手作りのお弁当を持って、来てくれた。当たり前に皆楽しい1日を過ごしたばかりだった。

 1年後、中学校の運動会の日がやってきた。

 仕事に出る前に父がお弁当を作ってくれた。父も大変だ。行く前から父兄と一緒でなく教室で食べると決めて、自転車で登校した。

 校庭は、白いテントが張られ、石灰の白線も引かれている。マーチが拡声器から流れてだんだんにぎやかになってきた。

 昼食の時間、父兄たちでにぎやかな校庭を後にして、2階の教室でお弁当を食べ終えた。

 窓から校庭を見ると、午後の競技があるのに、走るコースの白線の上に敷物が敷いてある。誰と思ったら敷物にちょこんと座っているのは、小学生の弟と5歳の妹だった。

 5キロの道程を、どうして来てくれたのか、歩くしかないはずだった。母の代わりに来てくれたのだろうか。敷物が白線を踏んでいるのも気がつかない2人の幼さに、一人涙した。

 今も忘れられない。子供時代母を亡くすのは、試練だったがあれから約60年、3人とも生かさせてもらっている。

 今も淋しい子が周りにきっとある。そっと見守ってあげてほしいと思う。

竹内初美 71 京都府亀岡市

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