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【話の肖像画】女優・大地真央(64)(5)私の道を歩むため宝塚卒業

 《エンターテインメントの本場に通いつめ、上演作品の提案をしたのも、当時からスタッフ目線を併せ持っていたから。飛躍の場を求めるのは必然だった》

 周囲より、プロ意識が強い方だったかもしれません。当時は研8(入団8年目)から歌劇団と個別のタレント契約を結びましたが、お客さまに時間とお金を使っていただいて、演じる責任、プロ意識を持たなければ、ずっと「生徒」の延長のままです。

 演出家の先生の中には、「3歩歩いて、右見て、台詞(せりふ)言って」みたいなことをおっしゃる方もいました。私、そういう操り人形のようなのは嫌で、作品全体を考え、昔からアイデアや意見を言っていました。最初は“異端児”とか散々いわれましたが、それが認められるようになると、「どう思う」と意見を聞かれるようになり、やがて「じゃあ、ちょっとやってみて」と。信頼関係が生まれてくるんです。

 《宝塚退団時の会見で、今後やりたい役を問われ、「マイ・フェア・レディ」のイライザと、「風と共に去りぬ」のスカーレットと答え、それを実現させた》

 そのイライザを20年間、615回も演じるとは、夢にも思いませんでした。(聞き手 飯塚友子)

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