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【門井慶喜の史々周国】日本酒から酢、そしてビールへ ≪半田赤レンガ建物≫ 愛知県半田市

明治建築界の巨匠、妻木頼黄による設計で、半田うまれの「カブトビール」の製造工場だった半田赤レンガ建物=愛知県半田市(筆者撮影)
明治建築界の巨匠、妻木頼黄による設計で、半田うまれの「カブトビール」の製造工場だった半田赤レンガ建物=愛知県半田市(筆者撮影)

 愛知県半田市をなめてはいけない。なるほど人口は約十二万とべつだん大きな自治体ではないし、地理的にも名古屋の郊外みたいな感じだけれど、行ってみれば、

 --ああ。

 と、心がじんわり温まる。ボートと思って乗ってみたら大型客船だったというような意外さというか、安心して身がゆだねられる感じ。

 いったいに、ゆたかな街には二種類ある。ひとつはとつぜん金持ちになった街。幕末の開国がきっかけで急速に発展した横浜や函館などはその好例だが、ひょっとしたら古代の京都、中世の鎌倉もそうかもしれない。もうひとつは長いあいだに少しずつ、灰がふりつもるようにして資本が蓄積された街。

 こちらの魅力は、一見してわかりづらい。歴史の上で明確な画期があるわけではなく、英雄が出たわけでもなく、たいていは名城もないし名刹(めいさつ)も大社もない。要するに観光地になりづらい。

 半田はつまり、このタイプの典型なのだ。行ってみなければわからない。私はデジタル技術を駆使したバーチャル旅行のたのしみを否定する者ではないけれども(一度体験したいと思っている)、この世にはやはり現地の風に吹かれるしかないときがある。その風のみなもとは、半田の場合には日本酒だった。

 徳川時代の或る時期から醸造するようになり、樽を船に積み、江戸へ運んで大いに飲まれた。しかもそれでは終わらなかった。酒づくりでは大量の酒粕(さけかす)が出るけれども、これを利用して中野又左衛門(初代)という挑戦ずきの男が酢をつくり、江戸へ運んだら、これがまた大あたり。誇張して言うなら江戸中の寿司屋からひっぱりだこになった。

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