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【書評】『東京名物 食べある記』時事新報社家庭部編 昭和の食事処評に興奮

 チベット山脈は越えられないとされていたが、彼らはラオスから中国へ入った-。ニュースにもなる蝗害(こうがい)(バッタ類の大量発生による被害)の話である。各国の料理が自宅まで配達される現代、食糧難が起きたらどうなるのか…。

 そんな状況を逆回ししたような本だ。関東大震災後の復興で建て直された食事処について軽妙に評していく。挿絵も相まって昭和の世相が色濃く浮かぶ。

 今でこそ一般人が飲食店のレビューをサイトに書き込むが、飽食の時代前、食うや食わずの時期を経て「うまい/うまくない」を紙面で大々的に論じることの興奮がこの本にはある。

 1人1円内外の大衆的な店に限ったということで、「銀座千疋屋」のフルーツパンチ(30銭)など有名店が多い。別の店では猿の肉(60銭)など驚くようなメニューもあり、帯の一覧をじっくり眺めるだけで楽しい。

 味の論評部分も面白いが、印象に残るのはこんなくだりだ。

 ある店で従業員の格好がひどい。「いろ●の汁でよごれくさった服に不粋(ぶすい)なエプロン」だけでなく、穴あき靴下にほこりまみれの靴、「御丁寧に片手には煮出したような手拭いをぶらさげている」。このありさまに、「如何(いか)に彼女達が勤勉なるかを立証するようなものだが」と気の毒がった上で、いくら実利主義のお店でも「責任者の周到な注意が欲しい」と締める。

 店は客が育てるという。こういう目に磨かれて、飲食店はどこも一定のクオリティー以上になっていったのかと感じた。

 昭和4年に刊行されたものの復刊本で、元は日刊紙「時事新報」の連載。時事新報社の社主は福沢諭吉だ。没後四半世紀以上を経た連載だが、「一身独立して一国独立す」という福沢の教えを汲(く)んでいるのがわかる。食事処の辛口評という形式の中に、読者個人の考えを自立させる風が吹いている。

 少し笑ってしまったのは、時々出てくる「唯お新香はおいしかった」という総評だ。どんな店でも、漬物は安定した味で和洋食を支えていたようだ。

 ついでのオススメ。刻んだ漬物を少量、塩気と旨味の素としてパスタなどに投入すると、味にまとまりが出る。応用が利くので古漬けなどでお試しあれ。

(教育評論社・1500円+税)

 評・美村里江(女優、エッセイスト)

●=くの字点

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