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【ビブリオエッセー】2人で思いを共有した大河小説 「人間の大地」プラムディヤ・アナンタ・トゥール著 押川典昭訳(めこん)

 30年前、インドネシア人女性と結婚してジャカルタで新婚生活を始めた。でも、ぼくたちの家には家具がほとんどなかった。テレビすらなく、妻はラジオを聴きながら家事をしていた。それでも楽しかった。妻は冷蔵庫も洗濯機も電話もない家庭で育ったのだ。

 テレビがないおかげで二人で過ごす時間はゆったりと流れた。そんな時に読んだのが『人間の大地』だった。当時のスハルト独裁政権下では発禁となっていた本なので、マレーシアでぼくが買ってきて読み、あとで妻に勧めた。妻にとっては初めて読む本格的な文学だった。

 舞台は19世紀末から20世紀初頭、オランダ領東インド時代のジャワ島。プリブミ(原住民)の家に生まれた主人公の高校生、ミンケが民族の誇りに覚醒し、自己を確立する闘いが描かれている。結婚したばかりのぼくたちは世紀をまたぐジャワの物語に没頭し、オランダ人とジャワ人の混血である美しいアンネリースとミンケの恋の行方に夢中になった。アンネリースの母、ニャイ・オントロソは現地人に露骨な差別意識をもつオランダ人の現地妻。オントロソをめぐる物語がもうひとつの柱だ。

 プラムディヤはこの小説を含む4部作の大河小説を、独立革命期の政治犯として収容された流刑地ブル島で書き上げた。ぼくたちの30年近い結婚生活の中で、夫婦でともに読んだ本は、この4冊しかない。それが『人間の大地』であり、それに続く『すべての民族の子』『足跡』『ガラスの家』の4部作だった。

 激動のインドネシア社会で書かれた大作だが、書物を通して同じ経験ができたことは、これから2人で家庭を築こうというぼくたちにとって、幸せなことだった。

 北海道恵庭市 佐々木晋 59

 【ビブリオ・エッセー募集要項】本に関するエッセーを募集しています。応募作品のなかから、産経新聞スタッフが選定し、月~土曜日の夕刊1面に掲載しています。どうか「あなたの一冊」を教えてください。

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