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【新・仕事の周辺】清野由美(ジャーナリスト) 「いい時代」と「悪い時代」

ジャーナリストの清野由美さん
ジャーナリストの清野由美さん

 昭和ヒトケタ生まれの父は、太平洋戦争中に学童疎開をした組で、母親はまだ彼が小学生の時に病気で他界した。という話を聞くたびに、子供の私は、そのかわいそうな境遇に震撼(しんかん)したものだ。胸の震えは、平和な時代に生まれたわが身への安堵(あんど)とワンセットだった。なにしろ昭和の高度経済成長時代。少し前に開催された東京五輪の高揚は続いていて、半径50センチの身の回りに、ひもじさやさびしさの影は何もなかった。

 ゆえに後年、その父の口から「オレらほど恵まれた世代はいねーぞ。君たちはかわいそうだなあ」という言葉が出たときは、え、と目が点になった。バブルを謳歌(おうか)する若い私たちを、羨(うらや)ましく感じないの? 強がり? いや、どうも本心から言っているみたいだけど。

 その言葉の意味するところが、身にしみるようになったのは、父が他界し、自分自身も五十路を超えたころからだ。

 つまり彼の言とは、人が人生の中で経験する「いい時代」と「悪い時代」の配分はだいたい同じで、自分たちは子供のころがひどかった分、大人以降はよかった。君たちはきっと、その逆になるよ-という経験論だったわけだ。

 実際、昭和時代にあれほど世界から瞠目(どうもく)された日本の経済は、平成以降、凋落(ちょうらく)の一途をたどることになった。ロンドンで一人暮らしをした20代の時、私の心の支えは「ソニー」「ホンダ」という2大ブランドで、石造りの街に負けそうになると、アタシはウォークマンの国から来てんだよ、文句あるか、と爪を立てていたのだが、今ではそんなことを言っても、「はあ?」で終わりだろう。令和の世になり、こんなはずではなかった感は、そして募るばかりだ。

 今年、還暦を迎えた私は、同時に自分自身の身体的な凋落感も味わっている最中で、父による予言というか、呪いのようなひと言は、ことあるごとに心身に波風を立ててくる。

 だから今年は、そういうあれやこれやを、東京2020のお祭り騒ぎに紛れさせて、忘れた振りをしていく作戦を立てていた。国立競技場の設計に携わった建築家の隈研吾さんと、東京を歩いて、語る都市論の第3弾の書籍も、東京2020開幕の7月に刊行する段取りで、準備万端のはずだった。

 ところが、その東京2020はまさかの延期。それだけではない。今年の夏は、身近な人に病労苦死がたて続けに起こり、人生の喪失を突きつけられる節目になってしまった。喪失から私は何を得られるのだろう。もがく中で、希望を与えてくれるのも、また他者からの言葉だ。

 隈さんは言った。「建築を100年で考えれば、大イベントの延期は、その中の1年の話。それよりも100年の間に、人々がここでいろいろな感動を味わうことがもっと大事」

 もし今が「悪い時代」なら、次は「いい時代」がまたやってくる。同時代を生きる人たちと、その思いを交換し続けたい。

【プロフィル】清野由美

 きよの・ゆみ 昭和35年、東京都生まれ。東京女子大卒業後、出版社勤務、英国留学などを経て、フリーランスで活躍。平成29年、慶応大大学院SDM(システムデザイン・マネジメント)研究科修士課程修了。英ケンブリッジ大客員研究員。著書に隈研吾氏との共著『変われ! 東京 自由で、ゆるくて、閉じない都市』のほか、『住む場所を選べば、生き方が変わる』などがある。

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