PR

ライフ ライフ

【書評】『陶酔映像論』伊藤俊治著 霊性、異世界を見いだす

 「陶酔映像論」は、陶酔(エクスタシー)という観点から映像や写真、美術作品などを考察するものである。だが、両者の関係はさほど単純ではない。というのも、著者の伊藤俊治が次のように語っているからだ。

 「映像とエクスタシーが交差する場はわれわれの想像以上に複雑で多義的なフィールドであり、通常の認知・感覚のシステムや物理的な場の法則が無効になってゆく特別なゾーンである」

 では、物理的な法則が無効となる場とは何か。論考の対象は幅広い。ジャン=リュック・ゴダールやレニ・リーフェンシュタール、デイヴィッド・クローネンバーグ、それに小津安二郎やアピチャッポン・ウィーラセタクンら古今東西の映画監督をはじめ、写真や絵画、さらにはハイチの原始宗教であるブードゥー教のドキュメンタリー映画までも取り上げる。

 その大半の作品は、伊藤がかねがね検証してきた対象である。だが本書は、陶酔という従来にない立脚点で論じられ、新鮮に読み進められる。そしてエクスタシーのみならず、諸作品に霊性や現実世界とは異なるもうひとつの世界を伊藤は見いだそうとする。霊や異世界を垣間見ようと試みるにあたって、陶酔は有効なキーワードであり、手がかりともなりうる。普段の状態では獲得できない視点が備わっているからである。

 なお、作品に霊性や異世界を見いだすことを非科学的と片付けるのは早計である。というのも西洋美術にせよ日本美術にせよ、キリスト教や仏教に根差して目に見えない神や仏を表現してきたからに他ならない。

 また、過去の作品を考察することだけが本書の目的ではない。伊藤は映画や写真、美術の歴史、さらに光学テクノロジーの変遷を踏まえた上で、映像表現の未来像を陶酔を軸に探ろうともする。そのことは第一章のタイトルである「来たるべき映像のために/絵画・写真・映画」に端的に示されている。

 したがって本書は、美術・写真評論家で美術史家でもあり、東京芸術大学先端芸術表現科教授も務める伊藤が、これまで評論や研究の対象としてきた作品を従来とは異なるアプローチと新しい視座から再検証をもくろむ一冊でもある。(青土社・2600円+税)

 評・新川貴詩(美術評論家)

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ