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【書評】『凪に溺れる』青羽悠著 一つの曲が織りなす物語

 いつも凪(な)いでいるような穏やかな海の近くに住んで30年になる。海水浴場が開かれない今年は、夏の夢だけが漂っている渚である。

 この本を手にして、「凪」の静けさと「溺れる」の激しさが並ぶタイトルと、2000年生まれ(!)だという著者の眩(まぶ)しさに一瞬立ち止まった。さらに、物語のプロローグですでに主人公の死が語られてもいる。

 霧野十太(きりの・じゅった)はミュージシャンであり神様。そのギター、歌声に触れた人々に影響を与えていくがメジャーデビュー目前の27歳でこの世から消えてしまう。その十太を軸として彼の生前や死後に彼や彼の代表曲「凪に溺れる」と関わった6人の人生を描くオムニバス小説である。

 五感の中でも聴覚は意図せずに飛び込んでくることが多い。耳のみならず心の奥底にも遠慮なく。歩いているときにも、つけたテレビやスマホからも時や場所を選ばずに。中でも何度聴いても大きく心を揺さぶられて、瞬時に人生を遡(さかのぼ)ったり、または人生を導いてくれたり救ってくれる音楽がある。6人にとっては「凪に溺れる」がまさにその曲なのだ。

 彼らは懸命に生きている。水泳選手、バンドメンバー、プロデューサー、ライター、OL、シングルマザーとして。決して荒々しい波間にいるわけではなく凪いでいる水面にいるのに、つい見上げた青空やさらにその彼方にあるものに心をとらわれてはもがき、動けなくなる。だが、曲がそれぞれが前に一歩進む力をくれ、同時に6人をつなげていく。

 着実に運ばれていく展開に思わず引き寄せられ、単なる青春小説ではなく読み手を選ばない作品だと思った。水泳選手の夏佳は言う。「十太が教えてくれたんです。憧れを信じて、ずっと前を見る。(中略)とにかく泳ぐんです。(中略)私を認めるのは私だけでいい。」

 十太の曲が人の心を動かし続けるのは彼が天才ではなく、「大切な事は繰り返さなきゃ。何度も、何度でも。」と積み重ねてきたから。音楽という彼の芯が紡がれて太い芯となり希望を灯(とも)していく。本の中で繰り返される歌詞が読み進めるにつれ音となって、ラストで旋律が聴こえてきた気がした。(PHP研究所・1600円+税)

 評・中原かおり(詩人)

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