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日本の現代文学 英語圏でミニブーム 貧困や格差などリアルな実像に関心

米紙ニューヨーク・タイムズには、川上未映子さんの長編小説『夏物語』の英訳版の書評やインタビューが大きく掲載された
米紙ニューヨーク・タイムズには、川上未映子さんの長編小説『夏物語』の英訳版の書評やインタビューが大きく掲載された
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 日本の現代文学の英語圏での存在感がじわりと高まっている。現地時間の26日に発表される英ブッカー国際賞最終候補には小川洋子さん(58)の『密やかな結晶』がノミネート。近年は女性作家らを中心に英訳版の刊行が相次ぎ、日本文学の「ミニブーム」が起きているとの指摘もある。背景を探ると、文芸翻訳をめぐる国内外の環境の変化が見えてきた。(文化部 海老沢類)

米紙が賛辞

 <川上の筆致に一切の感傷はない。とりわけ女性たちの生を描くときは>。4月、米紙ニューヨーク・タイムズにそんな賛辞が並んだ。川上未映子さん(43)の最新作『夏物語』の米国版『Breasts and Eggs』(ユーロッパ・エディションズ刊)についての書評だ。

 『夏物語』は平成20年の芥川賞受賞作「乳と卵」を発展させた長編小説。AID(配偶者の関係にない者同士の人工授精)での出産を考える孤独な女性作家を主人公に、生殖倫理や現代の格差社会の問題を掘り下げる。この世に人間が生まれて生きることの痛みと重さを描く痛切な物語だ。

 海外進出に際し川上さんは米大手文芸エージェントと契約。4月の刊行直後から書評やインタビューが多数掲載された。人気作家の村上春樹さんが寄せた「息をのむほど見事だ」との惹句も話題で、現在20カ国以上での出版準備が進む。川上さんのアシスタントを務める小澤身和子さんは「書評に共通するのは、日本で女性が生きることの困難さや人々の貧困や格差といった日本社会の問題や事柄が初めて書かれたという強い驚きと興奮。現実を描きとる濃密な筆致も称賛されている」と話す。

米出版界の「反省」

 日本人作家ではドイツ在住の多和田葉子さん(60)の『献灯使』が2018年に権威ある全米図書賞の翻訳文学部門を受賞。村田沙耶香さん(41)の芥川賞受賞作『コンビニ人間』が米誌ニューヨーカーが選ぶ同年の「ベストブックス」に入るなど英語圏での躍進が最近目立つ。今年に入っても、平野啓一郎さん(45)の長編『ある男』をはじめ、中堅作家の英訳版が続々刊行されている。

 翻訳小説の出版は時間や費用がかかることもあり、英語圏での文芸書に占める翻訳物の割合は数%に満たないとされてきた。そんな高い壁に「ここ5年くらいで変化の兆しがある」と早稲田大准教授で翻訳家の辛島デイヴィッドさんは指摘する。「英語という単一の言語に閉ざされがちだったことへの“反省”が米の出版関係者に広がっている。女性や人種的マイノリティーの多様な声をすくい上げる翻訳文学の注目度が高まり、日本文学もミニブームといえる状況にある」。全米図書賞が2018年、翻訳文学部門を35年ぶりに復活させたのも翻訳物への関心の高さを裏付ける。

 訳者の変化も大きい。戦後間もなく谷崎潤一郎や川端康成、三島由紀夫らが紹介された際、英訳はドナルド・キーンさんら日本文学研究者が担った。だが村上春樹さんの英訳が進んだ1980年代末以降、大学には属さない専属の翻訳家の活躍が増えた。辛島さんは「日本文学研究者は評価がきちんと定まった作家を訳す傾向にあった。最近は漫画やアニメから日本文化に親しみ、自らの感性に合う同時代の文学を積極的に紹介する訳者も多い。それが英訳作品の多様性にもつながっている」と話す。

脱・ステレオタイプ?!

 日本の女性作家について、英語圏では奇想とユーモアあふれる作風を評価する声が多い。一方で『夏物語』の英訳者の一人、デビッド・ボイドさんはそれらの作品に、「日本のステレオタイプ」を打破する新しさを見る。それは貧困家庭の現実を直視し、2018年の仏カンヌ国際映画祭で最高賞に輝いた是枝裕和監督の「万引き家族」の成功とも重なるという。「欧米人は長く日本を階級のない社会だと見なしてきた。だが是枝監督の映画や川上未映子らの小説は、新たな光のもとで日本社会を見るように読者を誘う。欧米人はそうした作品を快く受けいれると思うのです」

 出版社も海外進出に力を入れる。『コンビニ人間』や横山秀夫さんの『64(ロクヨン)』の英訳版に携わった文芸春秋は昨年、版権輸出を担う部署を総務局から文芸出版局に移し編集部門との連携を強化した。新井宏ライツビジネス部長は「少子高齢化で国内の出版市場が縮小する中、世界のマーケットに進出する重要性は増している」と語る。

 ただ「米の出版界は日本以上に数字にシビア。継続して出版するのは容易ではない」(辛島さん)のも事実。今後は一過性のブームに終わらせない緻密な戦略が求められそうだ。

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