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【書評】『天使のいる廃墟』フリオ・ホセ・オルドバス著、白川貴子訳

 ■人生の日没に癒やされて

 自ら死を選ぼうとした際、最期の時を共に過ごす介添人はどんな人物が好ましいだろう。

 率先して考えたくはない内容だが、廃村パライソ・アルトでは「天使」が、訪れた人と最期の時を過ごす。客人の話を聞き、リクエストがあれば「この胸の痛みほど愛しいものはない」と自作の歌を歌う。その他も笛を吹いたり踊ったり、水浴びしたり。時にはシチュエーションのオーダーも承り、最期の旅へ送り出していく…。

 こう書くと「ハートウォーミング系オムニバスか」と思うが、全く違った趣だ。一般的な小説では、天使の正体は最後までぼかすか、最後の種明かしにまとめて済ませると思う。ところが本書の冒頭は、天使の自己紹介編から始まるのだ。「自称天使」であり、自らも命を絶つためこの廃村に流れ着いた、ただの中年男性なのである。

 であれば、もう少しこの世への欲が抜けた半透明の存在かと思いきや、実に人間臭い。廃村のバーの酒は早々に全て飲みきり、他の生活は近くに住む村娘カルメンの世話になっている。表面上の礼節はあるが、内心はずうずうしく不遜で、来訪した伝説的ポルノ女優には性的な興奮をするし、かつての恋人にも一花咲かせようとする。客人との会話は欧州らしく気が利いていてどれも楽しいが、あちこちに自我と欲が溢(あふ)れて「ごく自分勝手な天使ごっこ」に思え、やきもきしてしまう。

 しかし不思議なことに、客人たちは自然と脱力し、癒やされているように見えるのだ。

 だらだらした日曜日の延長のように思いつきだけで過ごし、不満をこぼしながら隣の天使に懺悔(ざんげ)するでもなく、人生の日没を迎える。救われるわけでもなく、責められるわけでもなく、多くの秘密は抱えたまま…。

 読了後には「彼は意外と優秀な天使なのかもしれない」と感じた。美しいことや正しいことが人を救うとは限らず、人間臭い存在と無益で無意味な時間を過ごすことが、ぬるま湯に漂うように最期の生を味わわせてくれるのかもしれない。

 少し前、共演経験のある俳優の訃報が流れ驚いた。

 本書の登場人物は誰も死を望んでないように見えたが、真実は本人の胸の内だけのものだ。(東京創元社・1600円+税)

 評・美村里江(女優、エッセイスト)

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