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新聞記者は副業? 囲碁の一力遼八段が悲願の初タイトル

第45期碁聖戦五番勝負を制し、笑みを浮かべる一力遼新碁聖
第45期碁聖戦五番勝負を制し、笑みを浮かべる一力遼新碁聖

 素質がありながら、七大タイトルに縁のなかった若手実力者が、ようやく手に入れた。14日に第3局が行われた囲碁の第45期碁聖戦五番勝負で、一力遼八段(23)が“平成四天王”の一人に数えられる羽根直樹碁聖(44)を3連勝で破り、初めて七大タイトルを獲得した。

 「碁聖戦は自分にとって思い入れの強い棋戦なので、勝つことができてうれしいです。“(父親にも)碁聖戦だから、しっかり打てよ”というようなことを言われていたので…」

 プロ入りを決めた平成22年の第35期碁聖戦では、地元・仙台市であった対局を控室に入って勉強したこと、前期は挑戦者決定戦で羽根に敗れたことなどもあるが、碁聖戦を主催するのが新聞囲碁連盟であることも理由の一つ。共同通信や京都新聞など14社が加盟するなかに、河北新報も含まれる。一力は同社の東京支社編集局に所属する社員、つまり新聞記者でもあるのだ。

 父は河北新報社の一力雅彦社長(60)で、社長・会長を歴任した祖父の一夫氏(1925~2014年)は日本相撲協会の横綱審議委員長も務めた。その系譜のため、高祖父・健治郎氏が明治30年に創業した同社を将来、率いるのは既定路線とされている。今春卒業するまで、早稲田大学社会科学部に通った。

 井山裕太三冠(31)や芝野虎丸三冠(20)は、高校に通わずトップにのぼりつめた。史上最多のタイトル75期を獲得している趙治勲(ちょう・ちくん)名誉名人(64)は、6歳で韓国から来日した。囲碁界では10代のうちに盤上に集中することが、活躍には不可欠とされてきた。そのため、一力が高校に進学することを決めたときでさえ、「学校なんか行く必要ないのに」との声がベテラン棋士から漏れた。

 平成25年に若手対象の棋戦で優勝した一力は、26年に16歳9カ月の史上最年少で12人(当時)による棋聖戦リーグに入るなど、前評判通りに活躍する。28年には第42期天元戦で初めて七大タイトル戦に挑戦。しかし井山六冠(当時)に敗れると、翌29年の天元戦や2度の王座戦、そして棋聖戦の計5度、すべて井山の前に敗れ去った。そのたびに「囲碁だけに集中していれば、違う結果が出たのでは…」とささやく声も。

 それでも一力は「同世代と勉強したり、話したりすることで吸収できることは多い」と、大学生活を楽しみながら、囲碁と両立させた。大学卒業資格を持ち七大タイトルを獲得したのは、第35期碁聖(平成22年)を獲得した坂井秀至八段(47)=京都大医学部=以来2人目だ。

 「(卒業して)大学に行かなくなったので、囲碁に集中できる時間は増えた」というように、いまは「記者」より「棋士」業が最優先だ。記者としてのこれまでの大きな仕事は、コロナ禍で対局が中止になった囲碁棋士の実情に、自身が出場した4月の国際棋戦「夢百合杯世界オープン戦」準々決勝をあわせたリポート。

 一力碁聖誕生までを、一力記者なら、どう書くか…。「終わったばかりなので、(書くかどうかも含め)まだ何も考えていない」と苦笑いを浮かべた一力。「ほかのタイトル戦にも出られるよう、精進したい」と棋士の道を進む。(伊藤洋一)

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