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【戦後75年 皇室が当てた光】(下)国境超え真摯なお言葉 比残留2世「誇りもてた」

フィリピン残留2世らに言葉をかけられる上皇ご夫妻=2016年1月28日、マニラ
フィリピン残留2世らに言葉をかけられる上皇ご夫妻=2016年1月28日、マニラ
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 2016年1月28日、フィリピンの首都マニラのホテルロビーには、日の丸の小旗を持つ人の姿があふれた。当時、フィリピンを訪問中の上皇ご夫妻は、一人一人と握手して回られた。

 集まっていたのは「残留2世」とも呼ばれるフィリピンの日系2世約100人。戦前にフィリピンに渡った日本人移民の子供たちだ。戦争が始まると、父親は通訳や物資調達のため日本軍に徴用され、戦争中に死亡したり、戦後強制送還されたりするなどして離別した。

 戦前の日本、フィリピン双方の法律では、日本人の父親を持つ2世は日本人と扱われる。しかし、日本の戸籍に登録されていなければ日本国籍は認められていないため、無国籍状態に置かれている。

 外務省の調査で、15年の調査では存命で無国籍なのは511人だったが、20年には310人に減少した。戦後反日感情が強まったフィリピンで隠れるように暮らした2世の平均年齢は80歳を超え、国籍を得られないまま死亡する人が続出している。

 今も苦難が続く中で実現したご夫妻のご訪問。沿道で旗を振って歓迎する案もあったが、当時を知る側近は「高齢の2世を外に立たせるのは、と上皇さまが気遣われた」と明かす。

 当日、2世一人一人の苦労をねぎらった後、上皇さまはロビーを離れる際、「大変な困難があったでしょうが、皆さんを誇りに思います」と述べられたといい、聞いた2世たちは嗚咽(おえつ)を漏らした。

 2世たちの支援活動に携わり、当日同行した猪俣典弘さん(50)は「2世たちは『自分たちの人生が肯定された』と、とても晴れやかな顔をしていた。1つの言葉が、長年抱えてきた屈託を解消する瞬間を見た」と振り返る。

 フィリピン日系人会連合会のイネス・マリャリ会長(49)は「『また会おう』という約束を果たせなかった実の父に代わって(上皇さまが)会いに来て、日本の血を引くことに誇りを持たせてくださった」と喜びを語っている。

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