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【ビブリオエッセー】哀れ中年タヌキと冷酷少女ウサギ 「カチカチ山」(「お伽草紙」より)太宰治

 繁忙期のオフィス。休憩スペースにやってきた男性の同僚が「尻に火が付きそうだ」と言う。「早く何とかしないと背中まで燃え上がるよ」と私。

 「誰か助け舟を出してくれないかな」

 「泥舟だったりして」

 「若い可愛いウサギには気をつけないとな」と笑いながら、同僚はコーヒーの入ったマグカップを持ち、太鼓腹を揺らして仕事に戻っていった。

 同僚の風貌から昔話のカチカチ山を連想させることを言ったのだが、太宰版「カチカチ山」で返されたことに驚いた。それ以上に、同じ作品を思い浮かべていたということが、私を愉快な気持ちにした。

 太宰の作品は「走れメロス」しか知らなかった私が、次に読んだのが『お伽草紙』だった。40年以上も前のことなのにその中の「カチカチ山」の話はよく覚えている。単なる昔話のはずが太宰の手にかかって書き換えられると、うぬぼれが強く冴えない風貌の中年男のタヌキと、潔癖で美しいがゆえあまりに残酷な少女ウサギの物語に変わっていたのだ。

 自分に惚れた好きでもない男に、美しい女というのはこんなにも冷酷な仕打ちができるのかと、ひいき目に見ても可愛くなかった中学生の私は衝撃を受けた。けれど、太宰の描く中年タヌキならそんな扱いを受けても仕方がない、とも思った。

 この時期になると書店には「〇〇文庫の100冊」などの帯のかかった本が平積みにされている。太宰の本もその中にあった。夏の出会いから太宰ファンになった人は多いと思うが、私の一冊は『お伽草紙』の「カチカチ山」だ。

 兵庫県西宮市 杉本ナオ 57

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