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【書評】『おいしくて泣くとき』森沢明夫著 「ふつう」が放つきらめき

 人と会い、語り、笑う。怒り、泣き、黙り、別れる。ほんの少し前まではふつうだった生の営みが、ふつうではなくなった。くつがえってはじめてそれは意識されるのか。コロナ禍で失った人と人との関わりを、わたしたちは今、きれぎれに思いだしている。

 ベストセラー作家、森沢明夫は、小説のなかで日々の生の営みをまるごと輝かせてきた。現代小説が傾きがちな非凡さや新奇さには見向きもせず、「ふつう」の日常にこだわりつづける作者は、カジュアル・エンターテインメント界の飾らぬ大家といってよい。

 最新作の本書もまた、多くの人びとの思いがかさなる「子ども食堂」を主な舞台に、日々の生の営みがぎっしりつまった物語となっている。

 小学3年生で母を失った心也は中学最後の夏休みを迎えようとしていた。父の経営する食堂は、貧しい家庭の子供に食事を無料で提供。そこに通う幼馴染(おさななじ)みで中学の同級生の夕花はある日、義父の暴力がきっかけで心也と短い旅にでる。

 ゆり子が夫と営むしゃれたカフェ・レストランに、突如ダンプカーが突入。「子ども食堂」も兼ねたぎりぎりの経営状態から店の再建は不可能と思えたが、とある工務店から無償の応急処置の申し出があった。

 37年の時を隔てたふたつの物語は次第に接近していくのだが、この後は、読者の愉(たの)しみに委ねよう。

 心也と旅にでた夕花は思う。「永遠なんて、ありえない。/そんなことは、わたしも充分に知っている。/虹は架からないし、流れ星は一瞬で消えてしまうし、四つ葉のクローバーは見つからない。そもそも願いごとなんて叶(かな)ったことがないような人生を送ってきた」。こんな「ふつう」ゆえにこそ、ささやかな幸福が夕花の心をいっぱいにみたし、そして-37年後の出会いを「奇跡」に変えるのだ。

 コロナ禍の薄暗がりのただなかで、わたしは、物語を埋める「ふつう」の生の一コマ一コマが、稀有(けう)のきらめきを放つのを感じる。ポスト・コロナ時代に、ふたたびこの生の営みが、いっそうの輝きとともに戻ってくるのを、願わないわけにはいかない。(角川春樹事務所・1600円+税)

 評・高橋敏夫(文芸評論家、早大教授)

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