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歩行者天国、50年の歩み 銀座名物、コロナ禍で次代へ伝える意義 

 戦後が色濃く残る時代から、平和の時代へ。歩行者天国は転換を象徴する存在となったが、いいことばかりではなかった。46年7月に銀座三越の1階にマクドナルドの1号店が開店すると、食べ歩きやごみのポイ捨てが問題化。高橋洋服店社長の高橋純さん(71)は「(歩行者天国のある)日曜日は、食べ歩きの客が汚すからと、閉めた店もあった」と、振り返る。

 ただ、その後、ゴミ拾い活動も始まるなど、歩行者天国は銀座の風物詩として定着した。現在も土日祝日で実施され、「銀座の商人には、親から受け継いだ商いを孫子(まごこ)の代まで続けようという矜持(きょうじ)がある。だから歩行者天国も続いたんだ」。高橋さんは胸を張る。

 コロナ禍で歩行者天国が一時中止となるなど、銀座の客足は今も回復途上だが、高橋さんは「歩行者天国だから、歩行者が歩道に密集しない。銀座が一番安全だ」。江戸時代から店を構える銀座三河屋の神谷修社長(75)も「時代にあわせて変わることで続いてきた魅力は、50年後も変わっていないはずだ」と力を込めた。

 歩行者天国は各地に広がりを見せ、若者文化の発信地にもなってきた。

 昭和52年に歩行者天国が始まった東京・原宿では、派手な衣装に身を包んで踊る「竹の子族」「ローラー族」と呼ばれた若者が登場。平成に入るころにはホコ天(歩行者天国)でアマチュアバンドが演奏する「バンドブーム」が起き、活況を呈した。

 一方で、騒音やトラブル、ごみ問題なども深刻化。近隣からも苦情が相次ぐなどしたため、原宿周辺の歩行者天国は平成10年までに全面的に廃止された。

 群衆を狙った事件も起きた。平成20年6月、東京・秋葉原でトラックが歩行者天国に突っ込み、乗っていた男がナイフで通行人らを次々と殺傷する通り魔事件が発生。秋葉原ではその後、2年7カ月にわたって歩行者天国が中止され、防犯カメラが設置されるなどの対策が取られた。

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