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【私の本棚】女優、エッセイスト・美村里江さん 「父の詫び状」向田邦子 家族の奥まで捉えた観察眼

美村里江さん
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 □「父の詫び状」向田邦子 文芸春秋

 脚本家や小説家として知られる向田邦子さんですが、私は随筆のファン。中学の教科書で初めて出会った時から、時代の空気を感じられる、情景が浮かぶ文章が魅力でした。

 エッセー集「父の詫び状」を初めて読んだのは20代に入ったころ。父親の思い出が描かれていますが、向田さんの他の作品に比べると面白くないように感じました。子供時代を引きずっていた私には早かったのでしょう。

 ただ、年を重ねるにつれ、その味わいが分かるようになりました。20代半ば、ドラマで向田さんの役を演じたときに読み返しました。父親が怒鳴っているイメージが強かったのですが、葬儀に来てくれた社長に平伏(へいふく)するようにお辞儀するシーンなど「働いている男性」としての人間性や小心者の部分も丁寧に書かれている。ちょうど、周囲でも早めの介護や親の熟年離婚が起きていたころで、家族の2層目、3層目を捉えた人間観察眼が面白かった。

 15回以上は読みましたが、コロナ禍で響いたのは、収録作の「細長い海」です。向田さんが子供のころ海に行ったときに、大人にちょっと体を触られてしまい、誰にも言わずに手を洗います。そのときのことを《どういう気持だったのか、判るような気もするが、言葉にしてならべると、こしらえごとになりそうなのでやめておいたほうが無難だろう》とつづっています。何とも言えない空気や感覚を言葉で表現する腕前があるのに、グレーのまま置いておくことができる懐の深さ。「すべてを共有できなくてもいい」と言われているようで、「人の奥深さ」を感じました。今は個人の価値観が変わったり、人と会えなくなったりといろいろありますが、無理に言葉にしなくてもいいし、本当に誤解なく伝えられるのはかなり先かもしれません。

 経験を積み、新しい感覚を持って作品に触れるとまた、発見がある。何度も読み返したくなる本です。

【プロフィル】美村里江(みむら・りえ) 昭和59年、埼玉県出身。ドラマ「おまえなしでは生きていけない」、「トットてれび」で向田邦子役を好演。著書に『たん・たんか・たん』(青土社)など。

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