PR

ライフ ライフ

【話の肖像画】セブン&アイHD名誉顧問・鈴木敏文(87)(10) 紆余曲折…豊洲に1号店

 みんなは反対したよ。米国のセブン-イレブンは、店をこちらが作り、そこにオペレーションする人を採用してFC契約を結ぶやり方だった。だから自分たちも実験店から商店街に展開しようと。僕は違った。山本さんがやりたいと言ってくれたことで、場所と建物と人(従業員)はFC側にまかせ、商品を仕入れて納品することと経営のノウハウを与えることが本部の役割だと、割り切れたんだ。

 《山本さんと顔を合わせたのは昭和49年1月。その後、実質3カ月の準備期間で酒屋をコンビニにするための店内改装や、3千品目に及ぶ商品の選択を行った。山本さんの酒屋がコンビニとなり、セブン-イレブン1号店として開店したのは同年5月15日、最初のお客さんがカウンター横にあったサングラスを買っていったことが忘れられないという》

 セブン-イレブンが成功した秘訣(ひけつ)は、当時の親会社のイトーヨーカ堂にお金がなかったから(笑)。これは本当だよ。だから商店街の酒屋さんとかと手を組んで広げていった。これは海外にはないシステムで、世界で初めてのこと。コンビニの店舗開発は既存の商店がくら替えしていくことと思われているが、そうではない。資金がなくてやむなく手を組んで始めたことなんだ。(聞き手 日野稚子)

次のニュース

関連トピックス

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ