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【話の肖像画】セブン&アイHD名誉顧問・鈴木敏文(87)(10) 紆余曲折…豊洲に1号店

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東京・豊洲に誕生したセブン-イレブン1号店の開店式で(右から3人目)
東京・豊洲に誕生したセブン-イレブン1号店の開店式で(右から3人目)

 《昭和48年11月、アメリカのサウスランドとの激しい交渉を重ねた末、コンビニエンスストアチェーン「セブン-イレブン」の国内独占展開権を確保した。ところが、開示されたマニュアルには期待していた小型店の運営ノウハウらしきものはなく、提携は失敗だったと愕然(がくぜん)とする》

 正式契約の10日前に、セブン-イレブンを国内で展開するための新会社「ヨークセブン」(後のセブン-イレブン・ジャパン)を設立した。業務開発責任者として関わったので、経営まではやるつもりはなかった。ただイトーヨーカ堂内で猛反対だったこの事業をやる人はいない。伊藤(雅俊)社長から「言い出しっぺの君がやりなさい」と言われ、引き受けることになった。まずは社員を集めた。イトーヨーカ堂からの転籍組のほか、新聞に募集広告を出して採用したが、ほとんどが小売業の未経験者だった。

 サウスランドのコンビニ運営をそのまま日本でやるわけにはいかない。物流を見ても、米国はメーカーから大量に商品を買い付けて自社倉庫に入れておき、それをフランチャイズ(FC)店に小出しにしている。日本には問屋があって、そこから商品が店に届く。運営マニュアルを研究していくうちに、これは(そのままでは)無理だと実感した。

 《暗中模索が続くなか、東京・豊洲(江東区)の酒類販売店を経営しているという人から手紙が来た。若くして家業を継いだこの経営者は、イトーヨーカ堂がコンビニ事業を始めるとの新聞記事を見て興味を抱き、連絡してきたという》

 経営者は山本憲司さんという方で、「自分にやらせてほしい」ということだった。会ってみると弱冠23歳の若者で、経営する酒屋はそれなりにもうかってはいるが、このままでいいんだろうかと考えていたという。僕が考えていたのは、大型店と小型店の併存・共存だったから、山本さんの申し出は渡りに船だと思ってね。1号店は山本さんの店で、と思ったんだ。

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