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【話の肖像画】セブン&アイHD名誉顧問・鈴木敏文(87)(6)仲間から推され人事課長に

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入社する直前の昭和38年5月に開店した初代イトーヨーカドー小岩店
入社する直前の昭和38年5月に開店した初代イトーヨーカドー小岩店

 《昭和38年9月、周囲の反対を押し切り、中小企業だった総合スーパー、ヨーカ堂(後のイトーヨーカ堂)に転職した。前職で知り合った仲間とともにテレビ番組制作の独立プロダクションをつくり、スポンサー探しをすることが目的だったが、入社直後に「将来の話」と一蹴されてしまう》

 スーパーのことは何も知らない。そういうことは関係なしで、独立プロへのスポンサーを紹介してくれるということで入社しちゃった。まぁ、無鉄砲だったわけよ(笑)。

 ただ、ある企業で財務の仕事をしていた大学のゼミ仲間が、出入りしていた銀行にヨーカ堂のことを聞いたところ、「経営はしっかりしていて、将来のある会社だよ」とのこと。財務的にしっかりしている会社なら、いいじゃないか、と思った。小売業については、(接客している様子を見て)百貨店は女性が主にやるような仕事だとか、その程度しか自分では理解していなかった。

 《大正9年創業の洋品店「羊華堂」が原点となるヨーカ堂は昭和33年、セブン&アイ・ホールディングス名誉会長の伊藤雅俊氏が設立した。本部は当時、東京都台東区に移転していた》

 入社した当時のヨーカ堂は、旗艦店の千住店を含めて計5店舗で、従業員は500人、規模を大きくするぞ、と言い出して3年目だった。毎年、店を出すし、仕事は山ほどあった。

 前職の東京出版販売(東販、現・トーハン)の元上司が一緒に転職してきていた。販促を元上司とやるつもりだったけど、僕は納品をチェックする商品管理課係長。元上司は販促担当になったけど、「思っていた仕事と違う」と、さっさと辞めてしまった。そこで1カ月もしないうちに僕が販促担当になった。

 東販では各出版社が刊行した新刊本を紹介する「新刊ニュース」を担当し、編集の仕事をしていたから、チラシをつくるとか印刷の問題などに相当明るかった。活版(印刷所)はどこがいいとか、いろいろね。当時のヨーカ堂はチラシにものすごく高いコストをかけていたから、交渉して値下げさせたりとかね。ヨーカ堂としても、便利なのが入ってきたと思ったでしょう。仕事はたくさんあり、どんどん増えてくる。僕の性格だと、何でも自分で突破していきたいという欲が出てくるからね。

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