PR

ライフ ライフ

【歴史の交差点】武蔵野大特任教授・山内昌之 2つのイスラムという視点

14日、アルメニア・ダブシュ地方で最前線に立つアルメニア兵士。アゼルバイジャンとの国境で小競り合いが続く(AP)
14日、アルメニア・ダブシュ地方で最前線に立つアルメニア兵士。アゼルバイジャンとの国境で小競り合いが続く(AP)

 7月12日以来、南カフカスのアゼルバイジャンとアルメニアは軍事衝突を繰り返している。両国が「宿敵」同士だと報道する者もいる。トルコ系のイスラム教シーア派国家とアルメニア教会の国家の対立と言いたいのだろう。原因は、領土問題はじめ政治的なものであり、単純に宗教に還元できるものではない。とはいえ、人間やその共同体の現実には、多少なりとも宗教の影響を受けた生活が浸透しているのも事実である。

 ウィルフレッド・キャントウェル・スミスの『世界神学をめざして--信仰と宗教学の対話』(中村廣治郎訳、明石書店)は、歴史家が抽象化に熱情を抱くあまり、人間の宗教生活を低く見ることに警告を発している。スミスは、歴史とは特殊な事象とともに多様性の場であり、人間それぞれの意に沿わない現実や、人間的な要素が出会う場だと考える。その通りだ。

 印象深いのは、「自分が他者にしてもらいたいと思うことを、他者にもせよ」というキリスト教徒の訓戒を引いていることだ。良質な宗教学者なら、他者の宗教的問題の理解に際して、自分自身にも適用できるか、少なくとも理解できる解釈原理や理論だけを示すべきだという。これはイスラム教はじめ、どの宗教の信者も持つべき気構えではないだろうか。

 それでは、歴史学者はどうか。「世界の歴史を通観する歴史家は、自分のものを含めてさまざまに宗教と呼ばれてきたものを、歴史的プロセスの複合体と見る」という指摘は正しい。しかしスミスを引くなら、異なる宗教が互いに「影響」しあうという表現は、あまりにも外的かつ受動的な印象を与え、本来は別々でないことを証明するはずなのに、かえって2つの実体が別々に存在することを際立たせる。「影響」の強調は、親密なやり取りを無視し、両者の境界を必要以上に強く意識することになりかねない。

続きを読む

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ