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【書評】『ワイルドサイドをほっつき歩け ハマータウンのおっさんたち』

 ■世界の混迷生き抜く術

 おっさん(やおばさん)になると人は変わる。「年を取ると、だんだんむっつりして、不機嫌になって、あんまり笑わなくなる」と本書で若い女性に呆(あき)れられるおっさんが登場するが、怒りっぽくて頑固、向上心も薄れがちだ。世界が混迷しているにもかかわらず、良かった時代にしがみつくおっさんは悪役にされることも多いが、実はこの苦しい時代を生き抜く術が彼らの生き方に隠されている。

 1977年に英国で出版された社会学者ポール・ウィリスの『ハマータウンの野郎ども』という本がある。反抗的で反権威的な英国労働者階級の少年たちが、なぜ自分たちから既存の社会階級の枠にはまり込んでしまうのかを調査したもの。本で描かれる少年たちは永遠に老いないが、実際の彼らはどう生きていったのか。英国に住む本書著者の「連れ合い」や、その友人はウィリスが調査した少年と同じ年代。本書はすっかりおっさんになり果てた「野郎ども」の今を描いたエッセーである。

 彼らはたくましく、したたかに生きてきた。ジムで若い女性に恋に落ちたり、リストラされたり、覇気がないと離婚されたり。健康を気にして、酒をやめてせっせとスムージーを飲む。人生のワイルドサイドにいた野郎どもは、もう闊歩(かっぽ)する元気はないけれども、人生という舞台を諦めずにほっつき歩いていた。

 EU離脱派であったおっさんは、おいの恋人であるフランス人と一緒に労働運動のプラカードを作成する。一方、EU離脱派を理解できなかった若者がおっさんの生き方に理解を示す。理念で対立しあう時代から対話の時代へと政治家や知識人がどれだけ言おうとも、差別や偏見が地べたから解消されていくさまを描くのは著者の真骨頂だ。

 人生の黄昏(たそがれ)時はうまくいかないことの連続だ。個人だけではなく、今の私たちの社会も黄昏時なのかもしれない。だがおっさんは死にたいほどつらい目にあっても、「労働者階級の合理性」として「俺の人生だから、まあこんなもんだよな」という諦念で乗り切ると本書は書く。

 楽しかった夏の思い出はもう遠いけれど墓石まではまだ少し時間がある。分断が加速する時代だからこそ、おっさんの教訓を胸にしぶとく生き抜きたい。(ブレイディみかこ著、筑摩書房・1350円+税)

 評・河合香織(ノンフィクション作家)

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