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【話の肖像画】セブン&アイHD名誉顧問・鈴木敏文(87)(1)歴史がきちんと結論

セブン&アイHD名誉顧問・鈴木敏文氏
セブン&アイHD名誉顧問・鈴木敏文氏

 《平成28年4月7日、流通大手のセブン&アイ・ホールディングスは予定していた決算会見をキャンセルした。代わりに開かれたのが、会長兼最高経営責任者だった自身の退任会見だった。日本にコンビニエンスストア文化を生み出したカリスマ経営者の電撃退任の理由は、セブン-イレブン・ジャパンの次期社長人事。自身が提案した社長交代案が取締役会で否決された。よもやの展開だった》

 辞めることは僕一人で決断した。(創業家の)伊藤(雅俊)名誉会長もまさか辞めるとは思っていなかった。僕が身を引くとは、ね。

 「辞めろ」と誰一人として言っていたわけじゃない。みんな、びっくりしていたくらいだから。辞めたことが良かったか悪かったかは、後で判断してくれればいいと思っている。

 あのときはもう80歳を過ぎていて、いつまでも(経営を)できるわけじゃない。後続をきちんとしなくちゃいけないという僕の提案が否決された。筋の通らない反対には承服できない、「じゃあ、やめるよ」と言ったんだ。人事というのは理屈ではないからね。

 《会見での発言を引用しながら、マスコミは翌日から“退任劇の内幕”を書き立てた。記事には「クーデター」「創業家との確執」などの見出しが躍っていた》

 それまでも反対されながら、いろんなことをやってきた。理屈が通る反対なら相手をきちんと説得すればいい。自分がやっていることが間違っているとされ、まったく賛成を得られないのなら、自分の責任だから引く。全てに対してそういう考えだった。内部抗争があったとか書かれていたけど、そんなものはないよ。「分かってないな」と思っていた。ただ、ある新聞社の中で1人だけ、ちゃんと分かっている記者がいた。他の新聞はみんな、又聞きだよ。

 《翌月開かれた定時株主総会で24年ぶりのトップ交代が確定。自身は名誉顧問となり、4年後の今も都内の執務室に出勤する。新型コロナウイルスの感染が拡大する前は、面会や講演予定でスケジュールが埋まっていた》

 辞めた後、いろんな本が出た。3、4年経ってみないと結果は分からないと書いた人もいる。歴史がきちんと結論を出してくれる。僕が身を引いて良くなったのなら正しかったのだろうし、うまく行っていなければ僕が言っていたことが正しかった。それぞれ、みんなが判断することであって、僕がどうのこうの言うことじゃないよ。(聞き手 日野稚子)

                  ◇

【プロフィル】鈴木敏文

 すずき・としふみ 昭和7年、長野県生まれ。中央大学経済学部卒。東京出版販売(現・トーハン)を経て38年、ヨーカ堂(現・イトーヨーカ堂)入社。53年、セブン-イレブン・ジャパン社長、平成4年に同社会長とイトーヨーカ堂社長を兼務。17年、グループ再編でセブン&アイ・ホールディングス会長兼CEO(最高経営責任者)。28年5月、同社名誉顧問。15年、勲一等瑞宝章受章。

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