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【書評】SF研究家・牧眞司が読む『絶対猫から動かない』新井素子著 作家40年の経験を反映

『絶対猫から動かない』新井素子著
『絶対猫から動かない』新井素子著

 新井素子が40年前に著した第一長編『いつか猫になる日まで』は、ストレートな宇宙SFと躍動的な青春群像劇の融合だった。とにかく表題が秀逸だ。読者は「猫になる?」と首をかしげるが、結末で主人公の決意が明かされる。人生にどう向きあうか-それが「猫になる日まで」に象徴される。

 本書『絶対猫から動かない』の表題も、主人公たちの心情を反映している。ただし、こちらは熟年の人生だ。親の介護のためにキャリアを断念した大原夢路、息子の素行に頭を悩ませている氷川稔、孫の誕生を控えて浮足だっている村雨大河。

 発端は地下鉄での事件だ。地震で運行停止した車内で、ひとりの女性が昏倒(こんとう)した。同じ車両にいた夢路、稔、大河、そして中学女子バスケット部のメンバーは、不思議な体験に見舞われる。夢路は「訳が分からない何か怖いもの」と言う。彼女が見る夢のなかで、そいつの存在感がどんどん増していく。夢はいつも地下鉄車内へ戻って、抜けだすことができない。そして、稔、大河、バスケ部員たち、その引率者である佐川逸美も、同じ夢を共有するようになる。

 立ちこめる雰囲気は、ホラー映画ばりの不気味さだ。即物的暴力ではなく、人間心理を侵蝕する戦慄。命を奪われる者さえ出てしまう。夢路たちは、何度も同じ時間を繰り返す夢と、刻々と日常が進む現実を往還しながら、自分たちを苛(さいな)むものの正体を探り、これ以上の被害を出さないため格闘をつづける。

 超自然の脅威や恐怖がエスカレートする展開ではなく、登場人物たちは断片的な手がかりを丹念につなげ、事態の全体像・因果に接近していくのだ。その理の通しかたが、いかにも新井素子らしい。彼女の本質は、正統なSF作家である。

 もうひとつ注目すべきは、未知の「何か」と向きあううちに、夢路、稔、大河が、自分が拠(よ)って立つ価値観に気づいていくことだ。それは熟年ならではのものであり、著者が積み重ねてきた経験が反映されている。いわば、40年分の達成だ。

 そうなると、新しい期待を抱かずにいられない。つまり、20年後、老年の登場人物たちによる「猫」シリーズ第三作が発表されることである。(KADOKAWA・2200円+税)

 評・牧眞司(SF研究家、文芸評論家)

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