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【話の肖像画】作家・阿刀田高(85)(12)莫言さんに聞いた「文芸講話」

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阿刀田高さん(三尾郁恵撮影)
阿刀田高さん(三尾郁恵撮影)

 《文筆家で構成される『日本ペンクラブ』でも長年にわたり活動してきた。入会のきっかけは作家の早乙女貢さんの勧めだったという》

 子供3人にも恵まれ、家が手狭になったので、直木賞を受賞した後に東京・青山のマンションに引っ越しました。そこに早乙女さんの仕事場があったんです。

 早乙女さんは当時熱心に日本ペンクラブの活動をしていたので誘われました。「物書きになったからまあいいや」くらいの感覚で入会しました。

 そのマンションには、向田邦子さんも住んでいて、郵便受けや廊下でよくお会いしました。向田さんは社交的で、会うなり、「この前の小説、よかったわよ」と絶賛してくれる。向田さんの作品も素晴らしいので、こちらが先にほめようとしても、先に言われてしまう。

 実は向田さんと私は編集担当者が同じ人でした。会えばサービスをしてくれる、気働きのいい人でしたが、向田さんは1人暮らしでしたし、私生活では「個」を楽しむ人のようでしたから、私が近くに引っ越してきたのは嫌だったんじゃないのかな。

 《平成15年、井上ひさしさんが日本ペンクラブの会長に就任すると同時に、専務理事を引き受けた》

 井上さんとは直木賞をはじめ、いろいろな選考会でご一緒していました。お酒を飲まない、忙しい人でしたが、親しくお話をする機会もありました。「井上さんがやるならお手伝いしてもいいか」と専務理事を引き受けました。

 《19年には井上さんのあとを継ぐ形で、会長に就任。22年には世界的な文筆家団体「国際ペン」の東京大会が開かれた。日本での開催は26年ぶりだった》

 「環境と文学」がテーマで、早稲田大学を主会場に8日間の日程でした。思い出深いのが、中国語圏で初のノーベル文学賞を受賞した、高行健さんです。基調講演をしてくださいました。対面してお話をする機会があったのですが、当時、高さんはフランスに逃れ、国籍もフランス人でした。突っ込んだ話もしたかったのですが、お立場的にも答えづらいだろう、とパリでの生活や京都の印象を尋ねただけでした。

 《海外の作家たちとの交流も多かった》

 中国の著名な作家、莫言さんとは、彼がノーベル文学賞を受ける直前の24年8月に、中国で公開対談をしました。100人ほどのジャーナリストを前に、著作について語り合いました。

 ぜひとも質問したいことがあったので、事前に許可を得ておいた問いもぶつけました。毛沢東の「文芸講話」についてどう考えているか、ということです。この本は、毛沢東が革命期に語った文学理論であり、端的に言えば「革命に役立つのが良い文学」という主張。現代の作家がこれをどう考えるか、知りたかった。莫言さんからは、「ある時代に必要とされた文学理論だけれど、私は自分なりの文芸を書くことを基本にしている」と無難な答えが返ってきましたね。

 中国にもペンクラブはありますが、表現の自由をうたう国際組織とは折り合いも悪く、日本ペンクラブ会長時代にはなかなか苦労しました。(聞き手 油原聡子)

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