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【本ナビ+1】俳優・寺田農 著者に重なる書物への愛情

俳優、寺田農さん
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□『秘本大岡政談 井上ひさし傑作時代短篇コレクション』井上ひさし著(ちくま文庫・900円+税)

 40年ほど前、テレビ界に名脚本家と呼ばれた2人の巨匠がいた。

 NHK朝ドラの基盤になったといわれる「おはなはん」の小野田勇氏と、同じNHKのドラマ「夢千代日記」の早坂暁氏。共通するのはなにしろ「筆が遅い」。本番ギリギリにならないと台本があがらない。関係者は冷や汗の連続だった。業界でついたあだ名が「遅田イサメル」と「遅坂アカツキ」。それでも出来上がった脚本が素晴らしいから文句のつけようがない。

 昭和47年、それまでもNHK人形劇「ひょっこりひょうたん島」で知られていた井上ひさし氏が、死ぬほど戯作者になりたかった材木問屋の若旦那の業を描いた『手鎖心中』で直木賞を受賞。小説に芝居にと大活躍を始める。

 ただ、先のご両所は、いかに遅くても放送に穴をあけることがなかったが、こちらは舞台の初日延期、あるいは公演そのものを中止ということも。そこでまたまたついたあだ名が「ソノ上遅シ」。

 この『秘本大岡政談』は単行本未収録作品など7作を集めた短編集で、このほど文庫として刊行された。といっても、江戸南町奉行、大岡越前守は脇役で、江戸城内の書庫・紅葉山文庫の元名書物奉行が主役となる作品が3作を占める。「大岡裁き」の数々はこの書庫に収蔵されている唐の国の判例集を参考にしたものだという仕掛けである。

 書庫の虫干しの最中、にわか雨に身をていして書物を守る大岡など、登場人物それぞれの書物に対する執念、それはそのまま「本の虫」井上ひさしの書物に対する深い愛情につながる。「大岡もの」ではない一編「質草」の主人公、太吉の姿は、自らを戯作者と呼んではばからなかった著者そのものである。

□『手鎖心中』井上ひさし著(文春文庫・590円+税)

 直木賞受賞作「手鎖心中」と「江戸の夕立ち」の2編を収録。受賞時の司馬遼太郎の選評には「うそのあざやかさには目をみはるおもいがした」とある。

 「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、そしてゆかいなことはあくまでゆかいに」

 井上ひさしは揮毫(きごう)に、よくこう書いたという。

【プロフィル】寺田農

 てらだ・みのり 昭和17年、東京生まれ。映画、ドラマなど多数出演。元東海大学文芸創作学科教授。現在、板橋区立美術館運営協議会会長。

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