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【話の肖像画】作家・阿刀田高(85)(5)司書の傍ら雑文書き

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皇太子時代の上皇ご夫妻が国立国会図書館を訪問された(右端手前が本人)
皇太子時代の上皇ご夫妻が国立国会図書館を訪問された(右端手前が本人)

 《大学卒業後は国立国会図書館の司書となり、書籍の整理に明け暮れた》

 整理部の分類係に配属されたので、入ってきた本を内容に従って分類していました。当時は「日本十進分類法」に従って番号をつける。「日本の小説なら913・6」とかね。いい勉強になりました。

 国立国会図書館にはありとあらゆる本が入ってくる。自分が物知りとは思っていなかったけれど、改めて仏教の経典はどう分類するか考えたりし、基礎医学と臨床医学の違いもこの仕事で知りました。

 当時は3畳一間のアパート住まい。母も大学を卒業する頃には亡くなってしまい、自分でなんとか生活するしかなかった。松本清張とか図書館で気に入った本を持ち帰り、土日にそれを読んで、風呂に入って安い食事をする、そんな日々を過ごしていました。

 《司書になってまもなく、出版社の友人に勧められ、企業の広報誌や雑誌に文章を書くことになった》

 国立国会図書館の給料は安月給。ちょっと足りなかったから、小遣いがほしかったんです。この時代は、企業広報誌の発刊が盛んになっていて、原稿を欲しがる編集部がたくさんありました。図書館にはどんな分野の本でもある。あっちのページ、こっちのページって見ていたら、雑文くらい書けるんです。

 鮮明に覚えているのは、東北の企業の広報誌。「民謡について書いてくれ」と言われたので、「会津磐梯山がいいかな」と決めて、書庫に走って民謡の本を見る。そうして調べていくと、歌には「小原庄助さん」という人物が出てきて、「朝寝、朝酒、朝湯が大好きで、それで身上つぶした」と言われている。そこでコラムでは、「小原庄助さんは、朝酒、朝湯のときは朝寝をしなかったんじゃないか」と、歌の論理的矛盾をつきました。ジョークのたぐいですが、文章を書くからにはどこか、独創性がないとダメだって考えていたんでしょうね。

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