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平安京・藤原良相邸跡で池の州浜と建物跡など出土

出土した藤原良相邸の池跡。東西幅は43メートルにもなる=京都市中京区
出土した藤原良相邸の池跡。東西幅は43メートルにもなる=京都市中京区
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 平安時代前期に藤原氏の繁栄の基礎を築いた藤原良房の弟で右大臣、藤原良相(よしみ)(813~67年)の邸宅跡(京都市中京区)から園池や建物などの跡が出土し23日、京都市埋蔵文化財研究所が発表した。同研究所は「寝殿造建物が登場する直前期の、一流貴族の邸宅の姿がわかる史料」としている。

 藤原良相邸は都の中心施設・平安宮のすぐ南の平安京右京三条一坊六町にあり、広さは1町分(120メートル四方)とされる。邸内には長さ約50メートルの溝でつながれた2つの池が東西にあったとされ、貞観8(866)年3月に清和天皇と花見の宴を催した記録が残る。

 今回、邸内の北西部約2850平方メートルを調査した結果、砂浜を表すために石を敷き詰めた西池の州浜(すはま)が約15メートルにわたり出土。池の北東部とみられ、過去の調査結果から西池の東西幅は43メートル、州浜の延長は75メートル以上と判明した。一緒に出た土器から9世紀中ごろに完成し、良相の死後も補修を繰り返しながら10世紀中ごろまで存続したとみられる。

 当時は、大きな池の周囲に廊下でつないだ建物を配した寝殿造が出る直前期とされ、同研究所は「今回の東西の池をつなぐ溝に、のちの遣水(やりみず=曲がりくねった細い水路)につながる形がみえる」と分析。居住者名が特定できる邸宅は珍しいという。

 近畿大の網伸也教授(考古学)は「良相邸の州浜は、石を整然と並べておらず荒磯をイメージしたものではないか。美意識にたけた平安京の第一級貴族の園池にふさわしい意匠」と話している。

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