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【書評】『持続可能な魂の利用』松田青子著 世界を変える第一歩へ

 ある日「おじさん」の視界から少女たちが消えた。ほかの人たちには何の異変もないのに、「おじさん」だけが少女の姿を見ることができなくなったのだ。なぜそんな不可解な現象が起こったのか。翻訳家としても活躍する松田青子の初長編小説『持続可能な魂の利用』は、日本の社会のグロテスクなあり方を生々しく描いた小説だ。

 主人公の敬子は無職になったばかりの30代の女性。旅先のカナダから帰国した直後、街頭ビジョンに映ったアイドルグループのセンターに魅了される。「××」と呼ばれるその女の子は、いつも笑顔でいることが望ましいとされるアイドルでありながら「相手の心を竦(すく)ませるような、まっすぐな目。媚(こ)びていない、なんてレベルではなかった。まるで世界に喧嘩(けんか)を売っているようだった」。「××」を推すことによって、敬子は疲れてすり減った魂を満たしていく。

 非正規社員として働いていた会社で敬子を追い詰めたのは「おじさん」だった。本書における「おじさん」とは、女性を人間として扱わず、性的に消費して抑圧する存在のことだ。「おじさん」は女性にどんなまなざしを向けるのか。女性はどんな危険に直面し、どれほどのストレスを感じているのか。敬子だけではなくカナダに住む妹、非正規社員時代の同僚の視点も取り入れて再現している。

 非正規と正社員、店員と客など、立場の違いを利用した狡猾(こうかつ)なセクハラの数々。こんなことは受け流せばいいと思ったとしたら、あなたも立派な「おじさん」だ。年齢や性別は関係ない。

 「おじさん」に傷つけられた敬子は、反逆をテーマにした楽曲をかっこよく歌う「××」に救われる。しかし、「××」の歌をプロデュースしているのもまた「おじさん」だった。女性はどこまでも「おじさん」のつくった社会の構造から逃れられないのか? 本書は問題を提起するだけではなく、行動に結びつく希望を提示している。

 実在のアイドルを彷彿(ほうふつ)とさせる「××」は、その希望の象徴だ。物語の終盤、思いがけない場所で、敬子は「××」と遭遇する。世界を変える第一歩は、理不尽なことに抗(あらが)って、声をあげること。読後は自分にもできることがあるはずだと思える。(中央公論新社・1500円+税)

 評・石井千湖(書評家)

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